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青い毛布

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生きているうちの中で最も感情が揺れるその瞬間 その一瞬を、小説と言う器の中に閉じ込めて永遠にしました。
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2020年4月の記事一覧

【再掲】青い毛布(4/12)

【再掲】青い毛布(4/12)

「無題:そろそろ到着だよ。一人で来たから、何かすごく遠く感じたよ」

コンビニのATMでお金を下ろしている時にそのメールがきて、信吾はそのまま歩いて駅まで結衣子を迎えに行くことにした。

歩きながら自分が部屋用のジャージを穿いていた事にふと気づき、そういえば朝起きてから寝癖すらちゃんと直したのか定かではない事にも思い至ったが、しかし今さら部屋に戻って準備をし直すような時間もなかった。

駅に着くと

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【再掲】青い毛布(6/12)

【再掲】青い毛布(6/12)

もんじゃ焼きのメニューを見ている結衣子は、随分楽しそうだ。

「すごい、種類が結構いっぱいあるよ、私はこの明太チーズもんじゃがいいなぁ、…あ、でも飲み物が先か、信吾は何にする?」 

 結衣子と部屋でしたことのショックから今だ抜け切れていない信吾は、話しかけられてハッとすると、慌ててメニューを開き始める。 

決めかねてグズグズしていると、結衣子は「当店お勧め」と書いてあるメニューを指差して、これ

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【再掲】青い毛布(5/12)

【再掲】青い毛布(5/12)

それから夕方になって、二人は一緒に潜り込んでいた毛布からのそのそと抜け出すと、床に落ちている衣服を身に着けて、玄関の鉄の扉を押して外に出る。

 信吾は家の鍵を閉めるときに、そういえば高校二年の時、結衣子のあられもない姿がアダルトサイトに投稿されているという噂が立った事をふと思い出す。

 あの時、その証拠になるようなものを見たという人間が一人も見つからないまま、その噂は学校中に広がり、いつの間に

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【再掲】青い毛布(3/12)

【再掲】青い毛布(3/12)

「信吾のアパートに遊びに行ってもいい?」

大学一年の六月。

初めての一人暮らしが少しずつ落ち着いてきた頃に、唐突に結衣子からそんなメールが届いた。

もちろんそれは高校の陸上部のみんなと一緒に、という意味なのだろうと信吾は最初は思っていたが、日を置いて何度か連絡をやり取りしているうちに、どうやら結衣子は一人で信吾の家に遊びに来るつもりなのだという事がだんだん分かってきた。

あまりにも唐突な連

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【再掲】青い毛布(2/12)

【再掲】青い毛布(2/12)

ある朝、宮島信吾は会社に行く途中、駅のホームで丸々と肥った男に突然声をかけられた。

見覚えのない相手の顔を、判然としないままにしばらく見つめ続けていると、相手は親しげに「高校の……」とか「陸上部が……」などの身に覚えのある話をし始めて、そしてその口から共通の友人の名前が幾つか挙がった所で、ようやく信吾は目の前の男が高校時代の同級生であり、陸上部の同期である事に気が付いた。

 いくら声が変わらな

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【再掲】青い毛布(1/12)

【再掲】青い毛布(1/12)

印象的なエピソードが一つある。

1996年。この年の夏に開催された、アトランタオリンピックに関する話しだ。

その時、ある一人の黒人選手が、ハードル走の最終レースのスタートラインに立ち、メダルの采配を決めるべく、各国の選手達と共に並んで勝負の瞬間を待っていた。

「On your mark … Get set(※位置について、用意…)」

合図とともに彼が駆け出した十数秒後に、観衆はその不可解な

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