🥂 そのワインを語っているのに、本質からどんどん離れていく
テイスティングコメントとは、当たり前のことだけど、そのワインを語るということ。
一緒にそのワインを味わっている相手とは、感想を交わし合うことで、よりその1本を理解して楽しむことができますよね。
感想の交換は、時と場合、そして飲んでいるワインによっては、ふたりの関係すら変えてしまうことがあって。
それがまたワインの魔法だな、なんて思ったりもします。
後日、「あのワイン良かったよ」「こんな味わいだったよ」とワインラバー同士で語り合うときにも、必ずテイスティングコメントは付いてくるものでしょう。例え、「やばかった」でもいい。インスタに載せるときも、私は極力感想を書くようにしています。伝えたいから。
ワインの特徴を的確に捉えるため、人に伝えるために存在するコメントなのに、ブルゴーニュワインにおいては時折、具体的に伝えようとするとどうにも上手くいかないことがあります。それどころか、人に伝えようとしているのに交換しようとしているのに、その本質からどんどん離れていってしまう。そんな感覚にすら陥ってしまうことがあります。
去年の今頃、DRCエシェゾー2001を飲んだとき、物理的には目の前にあるのに、言葉を発す度にどんどん遠くに離れてしまう、そんな経験をしました。
DRCの多層的な香りが広がり。佇まいや趣きが素晴らしい1本だった。でも、これ以上具体的に何かを述べようとすると、本質からどんどんずれていく。
友人が交換してくれた「目の前まではいいけど中には入れない女性」というのは確かに!って思ったなぁ。でも、これもワイン自体の具体ではないでしょ?
それはまるで少しずつ、会っているのに少しずつ心の距離が離れている恋人同士みたい。
そんなときはどうしたらいいのかな。一旦何もしないことが正解なのかな。
うん。だから、多くは語らず、今、目の前にあるその雰囲気をただただ感じとることが、正ということにしておこうかな。