見出し画像

小説 避難訓練・前編/兼桝綾(仕事文脈vol.11)

 私とぬったんは親しいが、非常時に私より先に逃げることが出来るという点において、私はぬったんを憎んでいる。私が避難訓練の責任者になったのは成り行きで、休憩中に社員の人が、樋口さんリーダーに上がったことだし、今年は訓練、責任者でどう、って言われて私は社員の人に、覚えていてもらえたのが嬉しくて、あとやっぱり、「リーダーに上がったことだし」ってのが効いて、ついつい気軽に請け負った。ぬったんはその時私の隣にいたけど、何だか言いたげな顔をして、でも何も言わなくって、私は「私だけが社員に話しかけられて気にくわないのかな」とか、「私だけが今年はリーダーに上がったけど、そもそもそれに傷ついているのかもしれない」と気を回したけど、どちらの考えも気持ちが良かったので、何のフォローもせずにいた。そしたらその日の帰り道、「訓練で責任者をやるってことは、本番でもやるってことじゃないの」と、言い出した。

ここから先は

1,404字

¥ 100

お読みいただきありがとうございます。サポートいただけましたら、記事制作やライターさんへのお礼に使わせていただきます!