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波士敦日乗(ぼすとんにちじょう)/大和田俊之

三月二十日(金)
 八時起床。午後三時、地下鉄ハーバード駅で元ゼミ生のIくんと待ち合わせ。Iくんはこのコロナ禍のなか、卒業旅行の名目で三月一日からロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、ワシントンDC、フィラデルフィア、ニューヨーク、ボストンと二十日間に渡ってアムトラックでアメリカを横断してきた。彼がアメリカに出発したときはまだ緊張感もさほどなかったものの、ニューヨークに到着した時点で店が閉まり始めて影響を実感したとのこと。また、ニューヨークで利用した民泊では、アジアからの旅行者ということで差別的な質問をいくつか受けたという。トランプ大統領がコロナのことを「武漢ウイルス」とツイートし始めたこともあり、メディアでもコロナ禍におけるアジア人/アジア系への差別的行為が増加していることが報道されている。通りがかりに突然汚い言葉をかけられたり、ウーバーで乗車拒否されたりといった事例も聞く。ここは大学街でリベラルな人が多く、子供たちが通う公立学校ではコロナウイルスの報道が始まった時点で早速特別授業があり、ウイルスを特定の人種と結びつけないよう徹底的に指導がなされた。それでも、子供と外を歩くときにすれ違いざまに睨まれたり、あからさまに避けられたりすることは何度かある。
 Iくんと小一時間、キャンパスを散歩しながら話す。(マサチューセッツ州のこの日の新規感染者85、新規死亡者1)

三月二十六日(木)
 アトランティック誌のエド・ヨン(Ed Yong)の記事「パンデミックはどのようにして終わるか」を読む*。これまで読んだCOVID-19に関する記事のなかでもっとも読み応えがある。ヨンは、このような状況を予測する文章をすでに二〇一八年の時点で同誌に発表している。記事は、パンデミックに対する各国の準備状況を表すGlobal Health Securityの指標でアメリカが83.5の最高点だったにもかかわらず、今回のアメリカのCOVID-19防疫対策に完全に失敗した、という評価から始まる。これからどのように体制を立て直すか、具体的な提言とともに、終息への道筋を描き出している。結論として、ワクチンが開発、流通されるまで――それには十二ヶ月から十八ヶ月かかるといわれている――世界はこの状況に耐える以外に選択肢はないということだ。もちろん、二年近くロックダウンし続けるのは現実的ではなく、医療システムが崩壊しないように注意深く感染者数を観察しながら、ソーシャル・ディスタンシングを何度も繰り返さなければならないという。
 これは、だいぶ長引きそうな雰囲気だ。
 読み終えた後、だいぶ落ち込む。このまま大学も開かないとなると、そもそも何のためにこちらに来ているのかと、家族のビザの問題も含めて暗澹たる気持ちに。(マサチューセッツ州のこの日の新規感染者579、新規死亡者10)

*Ed Yong, “How the Pandemic Will End,” The Atlantic, March 25, 2020, https://www.theatlantic.com/health/archive/2020/03/how-will-coronavirus-end/608719/

大和田俊之(おおわだ・としゆき)
1970年生まれ。慶應義塾大学教授。専門はアメリカ文学、ポピュラー音楽研究。『アメリカ音楽史』(講談社)で第33回サントリー学芸賞受賞。編著『ポップ・ミュージックを語る10の視点』、長谷川町蔵との共著『文化系のためのヒップホップ入門1、2、3』(アルテスパブリッシング)など。2020年4月より一年間サバティカル(研究休暇)を取得し、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員としてボストン郊外のマサチューセッツ州ケンブリッジ市に滞在。妻と娘(10歳)、息子(7歳)の4人家族。


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