運命の日 続き

前回からかなり時間があいてしまったのは、まあなんというか、なかなかにツラい思い出で、思い出そうとすると精神的にクルものがあるということと、私にはそのあたり二年か三年の記憶が曖昧だという理由がある。

できるだけ思い出して書こうとは思うが、スポッと抜け落ちてしまっているところも多々あるので、そこは覚えていないと書いてしまうことをお許し願いたい。

私が息子を殴ったあと、彼はそのまま家を出ていってしまった。
呆然としていた私は五分くらいして慌てて彼のあとをおったが、追い付けるはずもない。

泣きそうになりながら、近くにすむ両親に電話をかけ手短に経緯をつげて、一緒に一時間ほどさがしまわったが、みつけることは出来なかった。
そうこうしているうちに、娘が帰ってくる時間になったため、両親に迎えを頼みそのまま夕飯までお願いすることにした。

行き違いになっても困るので、私は携帯を握りしめ玄関に座り込んでじりじりと彼の帰りを待った。

30分ほどたった頃だろうか。

ガチャ

玄関のドアがあいて、息子が帰って来た。

帰ってきてくれた…そう思ったとたん私は号泣しながら息子を抱きしめ「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん」といい続けていた。
あのときの息子の身体の冷たさを私は一生忘れないだろう。

ひとことも話さない息子をリビングに入らせ、暖かいお茶を手渡すとポツリと彼が呟いた。
「死のうと思って踏み切りまで行ったけど、死ねなかった」

私の中で[やっぱり]という気持ちと[なんで…]という気持ちが同時に渦巻いた。
けれど一番始めに口に出た言葉は
「死なないでくれてありがとう」だった。
こくりと頷いた彼の頭を撫でて、「もう学校には行かなくていい、明日、病院に行こう?もうゆっくり休もう。よくガンバったよ」と言うと、彼はポロポロと泣きながら頷いた。

なにも食べたくないと言う息子にとりあえず少し食事をとらせ、今日からしばらくはお母さんの部屋で一緒に寝ようと言って、彼のふとんを自分の部屋に運んだ。このしばらくが二年も続くとはこのときの私は思ってもいなかった。

彼が入浴している間に、夫と医者の兄とに電話をかけた。
兄はつてを頼って、明日診察をしてくれる精神科医を探してくれた。
夫は絶句していたが、そんなものにかまっている暇など私にはなかったので勝手に絶句させておいた。

息子をふとんに入らせ、寝たのを確認してから実家に娘を迎えにいった。
「お腹いっぱい。お風呂にも入ったよ~」としあわせそうな彼女の顔を見たとき、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
この先、きっとこの子にもいろんな我慢をさせることになるだろうと思うと涙が出そうだった。
両親に事情を説明し「今後娘を迎えにいってもらったり預かってもらったりが増えるかもしれないけれどお願いします」と頭をさげると、父が「りろ、おじいちゃんといっぱい遊ぼうな」と軽く言ってくれたことで少し救われた気がした。

家まで帰る車の中で娘は「おにーちゃん、大丈夫なん?りろはダイジョブだからおかーさんは気にしなくていいよ」と言った。
私はこの言葉も一生忘れない。
この頃娘は中三だった。中高大一貫の私立中学に通っていたため受験の心配はなかったが、まだ甘えたい時期だっただろう。
なにしろそれ以前も、情緒不安定な兄に振り回されていたのだ。
私が彼女を戦友みたいなものというのはそのためだ。
今も私は彼女には感謝しても感謝しきれない。
…とはいえ、現在わがまま放題なのはどうかと思うが…。

運命の日はこのように終わった。
ここから先が本当の戦争になるのだが、今回はこのあたりで。。

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