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『SNS墓地』

「嫌な予感はしていたんです」
 
 起き抜けに朝のニュース番組を流すと、変声された学生の声とテロップが流れた。未成年への配慮なのだろう。首から下しか映っていない。
 
 制服のリボンから、二人の中高生だと分かった。
 
 私は歯ブラシをくわえながら、ソファに腰を下ろした。パートタイムの始業時間まで、あと二時間。子供たちの朝食と夫の弁当を早く作らないと。
 
「SNS墓地とか流行ってるの?」
 
 インタビュアーが聴きなれない単語を口にする。
 
「鍵垢のグループでは結構ありますね。遊びのノリなんですけど、嫌いな子を死んだことにして、墓の写真をアップして。みんなで弔辞という名の悪口をぶちまけるというか。それで、リプ欄を燃やしに燃やして、自主炎上ならぬ火葬を行うっていう」
 
 歯ブラシを持つ手が思わず止まった。
 なんだ、その陰湿な遊びは。本人のいないSNSのグループで誹謗中傷するなんて。
 
「自殺した子が鍵垢のグループ内の投稿を見る可能性はある?」
 
「グループ内の情報は、口外禁止ですからね。それに、本人に見せられるわけないし。SNS墓地を建てたら、参加者全員が罵声を浴びせないとダメだから。内部告発みたいなことも起きません。自分だけ発言せずにグループに潜入していたら、次はその子の墓が建ちますよ」
 
「なるほどね。SNS墓地と近年の自殺者の増加については、どう?」
 
「どうだろ。でも、自殺した子の遺書に共通するセリフって、『お墓が私を呼んでいます。サヨウナラ』ですよね。単なるイタズラかなぁ。 SNS墓地が建つとあの世に呼ばれるっていう噂もあるけど。最近の厳しい監視下で新たに墓地を建てたら、運営に即シャドバンされますけどね」
 
 その後は、コメンテーターが現代社会の心の闇について語り、SNSの創業者からの『自殺と弊社サービス内での誹謗中傷との関連性については現在、調査中です』というテンプレのような言い訳フリップが表示されて、私はテレビのスイッチを切った。

 スマホを取り出して、SNS墓地を検索してみたが、世間が鍵垢でやっているせいか、表だった悪意を目にすることはできなかった。

 気を取り直して弁当を作ろうと思った矢先、ふと目にした娘のアカウントに鍵マークが付いていた。

 
「あの子、いつの間に鍵垢に変えたのかしら。やるならオープンでやるって約束したのに」
 
 私は娘を叱りつけようと、エプロンをしたまま娘の部屋に向かった。寝ている娘を起こし、顔にスマホの画面を向ける。
 
「ちょっと、どういうこと?」
「……あっ、ママごめん。戻し忘れてた! なんとなく鍵垢にしてみたかっただけだよ。ママに秘密することも別にないし。すぐに戻すから」
「まさか、SNSで変な事件に巻き込まれてないよね? パパに何か相談してたでしょ? あれから仲が悪いみたいだけど、なにかあったの?」
 
 娘が何でもないからと言って、私を部屋の外に追い出す。朝食を作り終えて、私は夫を起こしに向かった。
 
 ノックをして、ドアを開けた。ベッドに視線を移すと、違和感の正体にすぐに気付いた。
 
 夫がいない。
 
 慌てて布団をめくると、手紙が置いてあった。
 
「墓が俺を呼んでいる。サヨウナラ」
 
 私は全身から汗が噴き出すのを感じた。すぐに夫に電話を掛ける。
 
 駄目だ。

 電源が入っていない。
 
 薄暗い部屋のカーテンを開けると、バルコニーに夫の姿が見えた。手にロープを握って、物干し竿に結んでいる。
 
「ちょっと! あなた!」
 
 大声で叫んだが、夫には聞こえていない。窓を開けようとするが、バルコニー側から突っ張り棒でロックされている。

 夫が輪っかにしたロープを首に掛けた。
 
 こうなったら、窓を蹴破るしかない。
 
 私が強化ガラスを思い切り蹴飛ばすと、夫がぬうっと振り返った。首からロープを外して床から何かを拾い上げ、私に向かってソレを広げる。
 
『ドッキリ大成功』
 
 私の中でスイッチが入って、殺意が芽生えた。

 くだらない。芸人を辞めて結婚した夫は、昔から、こういうくだらないことをする。
 
 私は夫に復讐をするために、墓地の写真をSNSから拾って、スマホ画面に表示してやった。

 夫が窓の向こう側から顔を近付けて、画面を見つめている。

 不意に、夫が大笑いした。腹を抱えながら、画面を指差す。
 
「もう! 何がそんなにおかしいのよ――」
 
 私は画像を確認した。墓石には、なぜか私と同姓同名の名前が彫られていた。これは、何かの偶然か、はたまたタチの悪いイタズラか。
 
 私が怒りでスマホを放り投げようとすると、SNSにタイミングよくアイコンバッジがついた。
 画面上部のバナーから、娘の投稿記事を開く。すでに鍵垢は解除されていて、自由に閲覧できた。
 
「毎朝ママがネチネチとウザいから、墓を建ててやりました。ママに恨みがある人は、ここで私と一緒に弔辞を述べましょう。ママのフルネームは墓地の写真参照」

 
 私は頭痛がして、思わずスマホを落とした。

 と同時に激しい違和感を覚え、視線を落とす。

 
 ベッドの下から伸びた『この世の者とは思えない浅黒い手』が、私の足首を掴んでいた――。

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