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認知症の人が良い状態でない時に考えること

認知症の人が時に示す行動は、しばしば誤解されることがあります。日々の診療で目にするのは、脳の障害が引き起こす様々な行動障害ですが、これらの行動の背後には、人間関係や環境の影響があることも見受けられます。

たとえば、記憶障害を抱える父親が家族の指示をうっかり忘れてしまい、そのために家族から厳しく叱責される場面を考えます。叱責された父親が、「そんなことは聞いていない」と反抗し、時には物を投げることもあります。このような場合、家族は時に「暴力的だ」と感じることがあります。

トム・キットウッドは、認知症の人の症状を理解するために、まず「良い状態」と「良くない状態」を区別しました。認知症の人が経験する「良い状態」と「良くない状態」は、その人の心理的および感情的なウェルビーイング(心身ともに満たされた状態)を反映しています。良い状態は、その人が内面的な平和と調和を感じており、社会的に接続されていると感じる時です。彼らは自分の周りの世界との関わりを楽しみ、興味や喜びを示し、自己尊重と存在感を持って生きていると感じています。彼らは生き生きとしており、自分の感情を表現し、他者との有意義な交流を享受しています。

一方で、良くない状態は、彼らが不安定で、不安を抱え、孤立していると感じている時です。彼らはしばしば沈黙し、内向きになり、感情の表現が乏しくなります。これは身体的な不快感や痛み、自分の価値や目的を見失う経験とも関連していることがあります。彼らは環境に対してぼんやりとした感覚を持ち、時には周囲の人々との関わりを拒絶することさえあります。

キットウッドは、これらの状態を理解し、個々のニーズに応じた適切なかかわりを提供することで、認知症の方がより良い状態を維持し、生活の質を高めることができると考えました。認知症ケアにおいては、それぞれの人の独自性を尊重し、その人が持つすべての側面に対して共感をもって接することが重要としています。

そして、良くない状態になっているときには、以下の5つの要素から考察するよう提唱しています。

  1. 脳の障害: 脳の損傷により、衝動をコントロールできなかったり、記憶の不安定さが不安を増幅させたりすることがあります。環境に馴染めなかったり、日常の動作が困難になったりすることもあります。

  2. 健康状態: 身体的な不調、例えば便秘や皮膚のかゆみ、痛み、感染症などが行動に影響を及ぼすことがあります。また、薬の副作用や感覚器の問題も影響する可能性があります。

  3. 生活歴: これまでの生活と異なる現在の生活が、違和感や不安を引き起こすことがあります。例えば、以前は管理職だった人が、その能力を発揮できない状況にいると、ストレスを感じるかもしれません。

  4. 性格: 個々の性格も行動に影響を及ぼします。例えば、独立心が強い人は他人の助けを受け入れにくいですし、短気な人はゆったりとした環境を好まないことがあります。

  5. 社会環境: 物理的環境と人間関係が、その人の行動や気持ちに大きな影響を与えます。

これらを詳細に考察することで、脳の病気だけに注目しても解決できなかった問題の解決策を見つけるヒントを得ることができます。

認知症の人やご家族が安心して過ごせる生活には、変えられる要素とそうでない要素があるのも事実です。変えられる部分には、個々に合わせた変更を加えていくことが、お互いの居心地の良さの共生につながるでしょう。

しかし、一人で全てを解決しようとすると、道は険しくなりがちです。認知症の方々には、多様な専門職、行政、ピアサポートが支援を提供できます。一人で抱え込まず、周囲の人々と共に話し合い、生活の質を取り戻すヒントを一緒に見つけていくことが大切です。


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