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ひとりでディズニーランドに行っておちこんだ話

 ひとりディズニーというディズニーランドの楽しみ方がある。ディズニーランドというと、複数人で行ってわいわい楽しむ場所というイメージがあるが、ひとりディズニーは文字通りひとりでディズニーランド(シー)に行き、アトラクションやショーを楽しむことをいう。

 ひとりディズニーをするまで、私はひとりで何かをすることに対して負い目を感じたことがなかった。年間10本はライブに行くけどそのほとんどにひとりで参加しているし、遠征だって余裕でひとりでする。ひとり焼肉もひとり鳥貴族もひとり旅も、「ひとり〇〇、どこまでできる?」というよくある問いに対して、どこまでも何も、できないものないよと本気で思っていた。友達とワイワイ遊ぶのも楽しいけど、ひとりで何かをすることも同じくらい楽しい。なにより、自分の裁量で全てのペースをきめられるというのはかなり魅力的だった。

そんなわけで、今回は私のひとりディズニー体験について書いていこうと思う。

私の場合、最初からディズニーランドへひとりで行くと決めていたわけではなく、友達と行く予定だった。土曜日だったのでスターライトパスで一緒にインパして、閉園まで遊ぼうね〜と話していたのだが、急遽友達に予定が入ってしまい、どうしても到着が19時前になるという。その連絡を前々日に受け取ったわたしは、「どうせスターライトパス分のお金は払うんだし、友達が来るまで一人で15時からパークに入っておこうかな」と考えた。周りにひとりディズニーを楽しんだ経験のある人はそこそこいたし、既にさまざまなひとり〇〇を経験していた私にとってひとりディズニーへのハードルはあってないようなものだった。当日、私ははじめてのひとりディズニー(約4時間)に心を踊らせながら、耳付きカチューシャを握りしめて舞浜に降り立った。

ディズニーランドにつくと、私はまずトゥーンタウンに向かった。今思えば、これが全ての間違いだった。トゥーンタウンというのはミッキーやミニー、そしてその友達が住んでいるという設定の街で、各キャラクターの住む家や街並みなんかを自由にみて回れるエリアである。 

友達と行くとスルーしがちなエリアだし、久しぶりに行ってみようかな?くらいの軽い気持ちだったのだが、私はそこで一つ目の大きな地雷を踏み抜いてしまった。

トゥーンタウンは、家族連れの大博覧会だった。

普段友達と一緒に来る時は、まわりの様子なんてほとんど気にならない。家族連れがいようがうるさい集団がいようがなんの関係もなく、自分たちの世界観に没頭して楽しむことができる。

しかし、ひとりディズニーをしている間はその限りでなかった。嫌が応にも、周りの家族連れの様子が目に入ってくる。家族連れが楽しそうにディズニーランドを楽しんでいる様子は、本当に申し訳ないけれど私にとって毒でしかなかった。

家族仲に多少なりとも問題のある家庭で育った人になら共感してもらえると思うけれど、家族旅行は基本的にかなり神経を擦り減らす。少しでも計画通りにいかなかったり、こども(私)が楽しそうにしていなかったりすると不機嫌になる大人と四六時中行動を共にすることは、たとえそこがディズニーランドであっても決して楽しいものではない。寧ろディズニーランドという場所の性質上、こどもであるところの私に全ての命運が握られていると言っても過言ではなく、私が一つでも選択肢を間違えると途端にその旅行はお通夜になる可能性すらある。

詳しくは書かないし、ひとりディズニーをするまでそんなことすっかり忘れていたけれど、とにかく私には家族旅行で行ったディズニーランドでひたすらに神経をすり減らした経験があるのだ。

そんな私にとってトゥーンタウンで無邪気にはしゃぐ楽しそうな子連れはこれ以上ない地雷だった。私はトゥーンタウンでひとり、どうしようもなく黒い感情に襲われて立ちすくんでいた。例えるなら家の経済事情で私立受験を諦めているのに、周りはどんどん私立の合格を勝ち取っていく高校3年生2月上旬のようなお気持ちだった(わかりづらいかな..)。

私が欲しくて欲しくてたまらなくて、でも自助努力じゃどう足掻いても手入らなかったものを生まれながらに所有しているずるい種族の典型.............※2

私はトゥーンタウンをあとにすると、適当にパークをみてまわりつつ蒸気船マークトウェイン号に向かった。ぼーっと船に乗ってやり過ごしたい気分だった。そこまでの道のりには側から見てもヒリついているのが分かるような家族連れも沢山いて、そういった家族の存在も私の気持ちを仄暗いものにした。

マークトウェイン号3回の木彫りの硬いベンチに腰掛けた瞬間、涙がとめどなく溢れてきて、そんな自分が情けなくてまた泣いた。私は結局マークトウェイン号に何時間も居座り、友達が到着する19時までの間、ただただ時間が過ぎるのを待つだけの置物になった。

↑マークトウェイン号から見た下の写真

不思議なもので、友達と合流してからはそれまでの気持ちが嘘みたいに晴れて、閉園までの三時間思いっきりディズニーランドを楽しむことができた。

私は基本的に周りのことがあまり気にならないたちだと思っていたけれど、それは自分なりに脅威をシャットアウトして見ないフリしていただけなのかもしれないと思わされる出来事だった。普段上手くバランスをとって安定を保てていたとしても、あまりにも多くの脅威に囲まれると途端にそのバランス感覚は崩れ、暗く冷たい方へ押し流されてしまう。それがわかっただけでも、このひとりディズニーは意味のあるものだったと思いたい。

念のため書いておくけれど、ひとりディズニーを楽しめる人を否定したいわけでは全くない。ただ、ひとりディズニーを楽しめていた人でも、ひとりでディズニー行ったしな..と別のことにひとりで挑戦すると、あなたなりの地雷を踏み抜く可能性があるのでそこは十分注意してほしい。


第一回だから楽しい内容にしようと思っていたのに、結果的に180度真逆の内容になってしまいました。スタッフがリレー形式で書いていくものなので、明日以降はまた全然違う内容が続いていきます。なのでこれを読んで暗.........と思った人も、次回以降の記事も読み続けてくれると嬉しいです。

それでは、おやすみなさい。


※1 トップの画像はディズニーシーのものです
※2 分かってもらえると信じていますが、ここで指す人を否定する意は全くありません。