クリぼっちに死角なし。

【クリぼっち】という言葉が流行りらしい。私はオトメと再会する前から【独り飯・独り酒】をクリスマスだろうが平日だろうが関係なく日々楽しんでいた。そんで、百貨店勤めもある程度の年数が経つと同僚のほとんどが恋人持ちでそこから結婚→出産を経て働き続けるか退職かを迫られる。百貨店は出逢いの場でもあるらしく、まあ割とすぐに帰路に立たされる。日々周囲のゴタゴタを見て【大変だなぁ】と全てが他人事だった。

部署が移動になりそれまで百貨店でも比較的営業や社員で男性と関わっていたが【上司以外全部女性】の部署に来た。
良く言えば【雰囲気社会】、毒を全面に出すなら【カースト制】の中に放り出されたことになる。そのカースト制のヒエラルキー上部は前提として【ハイソ且つ将来安定なパートナー】がいる事がお決まりで【独り飯・独り酒】になれた私は常にヒエラルキー最下層で何をしても何を言ってもいい存在という事らしくかなりの嫌味や蔑みを受けていたようなのですが、其れ等の殆どを気づかずスルー、いつの頃からかそのヒエラルキーから外れてしまっていた。特にその部署は社員の他にメーカーから派遣された【売り子さん】が社員と半々で売上げや勢力拡大など戦国時代の様相だった。

売り子さんの中に自分はヒエラルキー上位と信じて疑わないHさんという売り子さんがいて、Hさんは戦国時代でも自身の才覚を発揮する人で、あからさまな意地悪はなかったが接客以外の歯に絹着せぬ物言いは一部の人から敬遠されていた。
ただ、その人の憎めないところは独自の解釈で突っ走るところがあり、制服制がなくなった部署で黒の販売服という規定に黒は黒でもスパンコールの入ったロングドレスでやってきて【夜会夫人】と呼ばれていた。Hさんはイベントにうるさく、クリスマスを家族か1人で過ごす私に説教した。

戦国時代の猛者Hさんは如何に【独り飯は恥ずかしい行為】と家族や恋人と過ごすクリスマスの楽しさを力説したが、私の家族と過ごすクリスマスを無いものみたいに【かわいそう】【寂しい】を連呼した。それと関係なく我が家近辺を【田舎くさい】【古臭い場所は頭も古臭い】【自分(Hさん宅)は新興住宅地で良い場所良い家に住んでいる】発言が日頃から多かった。
クリスマスイブ当日、朝から散々【寂しい】【かわいそう】を連呼していたHさん。【自分はこれから幸せなクリスマスだ、独りはかわいそう】と【残業?独り者は私たちの分も頑張って〜】と言っていたHさん。事件は帰り道に起きた。

クリスマスに予定を入れてない者は年末年始の商戦で少しの時間残業になり駅改札に来るまで何が起きたのかわからず想定外の人混みに困惑した。家路につこうと最寄駅の改札に来ると芋洗いのような賑わいでざわついている駅構内。人は改札からも溢れイラついた人同士で喧嘩も始まっていた。
定期的にアナウンスが流れその沿線で架線そばで夕方火事が起きたらしく、現在も安全と点検を兼ね電車はストップしたまま動かなかった。携帯電話が今のコンパクトサイズになってまだ2〜3年、携帯電話を持つ人も疎らで公衆電話も長蛇の列で連絡もままならない。家族に初めて携帯電話で連絡したのがクリスマスイブの事故で遅くなるという連絡。同僚にも携帯電話を貸し彼氏が迎えに来てくれるというのでその場で別れた。

同僚と別れ駅改札にどれくらいで復旧するか問い合わせをしようと近づくと改札で暴れている女性に気づいた。
『どうしてくれんのよ!レストラン予約してるのよ!!早く電車動かしなさいよ!!』
無茶なこと言うなぁ、とっととレストランにキャンセルの連絡すれば良いのに…と見るとHさんだった。Hさんが駅員の胸ぐらを掴んで『クリスマスの時間が台無し!弁償しろ!』『ティファニーが待ってるのよ!』と叫んでいる。家族の待つ家に帰るには大凡違うだろ?的な高価なミンクファーの毛皮に時々のぞかせるキラキラのラメを散りばめた胸元と太もも部分がキレッキレの赤いロングドレスはその切れ目に【ワレモノ注意】のシールで封印したくなるセクシーさ。ティファニーのブルーの箱よりももっとギラギラした箱が似合いそうだと思った。せっかく綺麗にアップした髪も怒りか人混みのせいか乱れきっていていつものビシッと決めたHさんを知るだけにその乱れようは異様な雰囲気。駅員に詰め寄るのに夢中で私の事に気づいていない様子のHさんに踵を返し、予てから行きたかった長崎チャンポンの店に入って独り飯なのでチャンポンをガッツリ食べた。以外にもお店は空いていて、店主が『外は大変だよね〜、みんなイライラしちゃってクリスマスなのに』と話しかけられたので『楽しみにしていた予定に間に合わないとそうなるかもしれませんね、、、、私にゃ関係無いんですが』と答えると店主が『クリスマスだからね』と餃子をサービスしてくれた。ラッキー。

その後はカフェに移動して帰りの車内で読むはずの本を一気読みしてその結末に満足し駅に戻るとHさんも芋洗いのような人混みも消え電車は復旧していつもより混み合う程度の電車でのんびりと帰った。時間は22時、宴も酣(たけなわ)な頃。ビジネス街なので百貨店が閉まるとタクシー待ちの人ぐらいだった。
この電車ならでわの遅延お詫びのアナウンスが流れていた。

翌日はHさんが珍しく休みを取り出勤してから『Hさん、レストランの予約間に合いました?』と何気なく聞くと挙動不審になったのですが、恥ずかしかったのかな?と『赤いドレス素敵でしたよ』と続けるとかなり狼狽え『誰にも言わないで…』といわれたので黙っていた。その日を最後に私が退職するまで嫌味が一切無くなった。

最近【農家だ】【古臭い】【田舎くさい】と見下していたこの地域でHさんを見かける。地元は新規開発地域でここ数年の地価は上がり人気の地域になっているらしい。しかし、Hさんの消えた方角は新興住宅地ではなく古い家々が建ち並ぶHさんが【古臭い】【田舎くさい】と言って憚らなかった閑静な住宅地なんだが。会わない間にその考えが変わっているなら幸いだ。
惜しむらくはあの時なぜビジネス街に似合わないドレスコードな出で立ちだったのか聞けば良かった、と同時に今でも【夜会夫人】なのかHさんを見かけるたびに気になっている。

Hさんのようにイベントに煌びやかに着飾る勇気は今以て備わっていないのはぼっちを拗らせていたせいだろうか。
プリティなウーマンに未だなれない。

#百貨店
#変人ホイホイ

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