『はるかカーテンコールまで』を手にして思うことなど
気楽な、別の言い方をすれば不安定なフリーランス。プライベートとビジネスとの境目も曖昧です。
しかし、一応、こちらのノートではよりプライベートな領域に関することを書いていこうと思います、思いました。
表現する手段を持つ人は羨ましい
ずっと、そう思ってきました。自分はこうして散文を書き連ねることしかできません。
しかし、息子(長男)は歌を詠んでいて、学生時代は大学の短歌会に所属。歌(短歌)の世界で、歌で表現することが大きなウェイトを占めた生を過ごしています。
笠木拓、第一歌集 『はるかカーテンコールまで』
その長男がこれまでの歌作をまとめた第一歌集を10月6日に出版しました。
書名は『はるかカーテンコールまで』
四六版変形という小ぶりなサイズ。関宙明(@mruniversejp)さんの素敵な装丁も相まって、愛おしい一冊になっています。
「港の人」という鎌倉にある素敵な名前の出版社さんからでています。
http://www.minatonohito.jp/products/233_01.html
歌を詠む人
私の祖母、母の母が歌を詠む人でした。
母が大正生まれなので、当然、祖母は明治生まれ。生地は新潟の小さな村。当時としては本当に数少ない高等女学校まで進んだ祖母は、教員もしていたようです。
もちろん私の記憶に残る祖母は、腰も曲がったおばあちゃんでしたが、頭がよく機転も効く人、そしてハイカラな人。ユーモアのセンスもありました。
私の幼い頃、度々、祖母の歌が朝日歌壇に掲載されていました。と、いっても幼い私は兄がそう言っているのを聞いていただけで、読めるような年齢ではありませんでした。その祖母は私が小学校2年の七夕に亡くなりました。
息子が歌を詠むようになって一番に思ったのが、祖母の姿です。生きていたら本当に喜んでくれただろうと思います。
歌を読む人
私はもっぱら歌を読むことしかできません。
昔、NHK FMで馬場こずえさんの「若いこだま」で短歌の?万葉集のだったかがテーマの回があり、それが私の短歌との出会い。
わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし 二条院讃岐
長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ 待賢門院堀河
明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしきあさぼらけかな 藤原道信朝臣
など、当時多感な、ちょっとませた小学生だった私はこうした恋の歌に心踊らせたものでした。
強烈に心に残った歌が、高校の教科書に掲載されていた
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ることの弱りもぞする 式子内親王
でした。高校2年の時に父が胃癌で亡くなります。手術後、もう打つ手がない状態で自宅へ帰ってきた父のいる生活は、息を詰める毎日でした。
そんな中で出会ったこの歌は、「玉の緒よ絶えなば絶えね」というその激しさに心をがっつんとうたれました。この歌を口にする時、目にする時、あのころの高校の教室、窓の外の風にそよぐ木の葉のざわめきも蘇ってきます。
そして、中学、高校生の時にであった高野悦子『二十歳の原点』を通じて知った岸上大作の歌と予備校時代に出会います。あれはたしか池袋の芳林堂書店であったかと思います。
意志表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ
美しき誤算のひとつわれのみが昂ぶりて逢い重ねしことも
兄二人がいる末っ子三男の私は、やはりちょっとませていました。
俵万智 さんの登場も衝撃的でした。
同世代の彼女がぐっと身近に短歌を引き寄せてくれました。
何より朝日新聞社が出していた『Asahi パソコン』という雑誌にコラムが連載されて、私は仕事柄より身近に嬉しく感じたものです。
そんな経緯がありながら、歌で表現しようとは思わなかった、できないままです。
そして、今は息子のおかげで、河野裕子、永田和宏、お二方をはじめ、長男と同世代の多くの歌人の歌に接することになり、また歌に惹かれつつあります。
歌に詠まれた人
歌を評するような能力はありませんが、せっかくなので『はるかカーテンコールまで』にまつわることを少しだけ。
ミヒャエル・エンデ『モモ』
と、詞書のついた下記の歌
マイスター・ホラのことばをまず父の声にて聞きし遠浅のころ
子どもたちが幼い頃、夜、子どもたちを寝かしつけるのは私の役目でした。
布団に入って絵本や物語を読み聞かせするのが習わしでした。
ミヒャエル・エンデも夜、読み聞かせしました。『ジム・ボタン』シリーズ3作、そして『モモ』もその流れで読んだのだと思います(たぶん)。
モモと仲間たちが嵐に立ち向かう冒頭のお話し、愛すべきベッポじいさん、そして灰色の男たちから時間を取り戻すため、モモに未来を託すマイスター・ホラ。
エンデの描く物語は今の世をありようを鋭く描き、大切なことを思い出させてくれます。
我が家には3段ベッドがありました。下の段から娘、次男、そして3段目に長男と、子どもたち一人ずつが寝ていた頃、懐かしい思い出です。
ちなみに『はるかカーテンコールまで』の中にも登場する、妹とは9つ、弟とは5つの歳の差です。
妹はするんと駅へ付いてきぬさきへずうっと歩いてやるよ
弟の頬に灯れりおそなつのテレビ小説その照り返し
3人の中でも、特に長男には世の中の生きづらさだけを引き継いでしまったような想いがあり、申し訳ない気持ちがあります。ほんの少しでも糧になることが残ったのであれば嬉しいことです。
と、いうことでつらつらと書き連ねましたが、何を言いたかったかというと、笠木拓『はるかカーテンコールまで』ぜひお手にとってみてください、ということでした。
お近くの書店やWebショッピングサイトでも手にはいります。
よろしかったらお手にとってみて下さい。
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