このこだわりやめんどくささでご飯を食べられたらいいのに〜たとえば結婚に関して〜

 小さな頃、とくに中高生あたりから周りに「めんどくさい人間」認定をされてくるようなたちだった。世間の人がすんなり受け入れている、もしくはなんとか呑み込んでいるようなことでも、ひたすら考え込んでしまう。「めんどくさい」と言われると少しかなしいので、「こだわりが強い」という風に自分で変換して捉えるようにしている。こだわりは、他人に押し付けなければどれだけ持っていても、どれだけ大切に抱えていても問題ないので。

 先日、インスタのストーリーを流し見していたら、高校同期の結婚式の様子が目に入った。幸せそうで何よりといった心持ちになったが、身近な人間の結婚の与えるダメージは思ったよりもあって、数日引きずったりしていた。

 結婚についての話を知人とするたびに、どうしても気になってしまうことがある。「◯◯歳で結婚して、◯◯歳までに子供がほしくて〜」といった具合に、さも結婚に関することを計画的に考える人がいることである。たしかに、婚期や出産の適齢期などを考えると、タイムリミットもあるだろうし、先行きの見えづらい時代にあっては人生を計画的に進める方が賢いだろう。
 ただ、上記のような結婚に関する計画は、自分が持つフレーム、こだわりに他人を押し込めるように感じられて、どうも受け付けない。目の前にいる相手のことを誠実に捉えれば捉えるほど、何歳までにどうこうといった自分の計画に当てはめることの不遜さに頭を悩ませてしまう。もちろん、相手と向き合った交渉の末にこういった計画を実現させている夫婦もいるのだろうけど、(特に男性で)そういう人からは、自分の計画優先で、相手の意向を汲み取る意志を感じないことが多い。

 この辺を割り切ったり、うまく自分の気持ちを飼い慣らさないと結婚できないんだろうなあ。
 こういうめんどくさいことを考えるのが、誰かの共感を得たり、市場で評価されて収入につながったりすればいいんだろうけど、そのためにはもっともっと練った文章にしたり、プロモーションのための努力が必要ですね。がんばろっかな。

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