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灯りに集る虫たち

子供のころから人間が苦手で虫が好きだった。
というわけでもない。人見知りではあったが特段虫好きということもなく、学校からの帰り道にたまにバッタを捕まえるくらいで、本ばかり読んでいた。ところが大人になってから虫好きの息子に影響されてすっかり虫の魅力に取りつかれ、休みの日には虫を探しに森に行き、家の本棚には虫の本が増え、昆虫展や昆虫大学等の催しにも足を運ぶようになった。
大人になって虫のことを知るのが面白い。

今年の7月、市役所主催で『広葉樹と生きものの話と夜の昆虫観察会』という会をするというので参加した。講師は自然環境研究センターで40年以上にわたり生物の調査をしている斉藤先生。夜の昆虫観察会は「ライトトラップ」でおこなわれた。ライトトラップとは、虫が光に集まる習性を利用して夜行性の虫を捕まえる方法。
森に囲まれたスキー場の駐車場に白い布を張ってライトで照らしておく。屋内で斉藤先生から生き物の話を聞いた後、夜8時ごろに外に出て観察に行く。するとそこには光に吸い寄せられた色とりどりの虫が布に集(たか)っていた。
魅惑的で素敵で幻想的な風景。
斉藤先生とアシスタントの方が丁寧に、それぞれの虫の名前や生態を教えてくれる。クワガタやコガネムシ、ヒメカマキリモドキ、ヘビトンボ。次々と夜行性の虫が飛んでくる。虫が苦手な人にはおぞましい光景かもしれないが、それぞれの虫の名前と生態を知るとおもしろさや愛おしさ、美しささえ感じる。
斉藤先生が最後に言った。
「彼らは遠くから集まってきたわけじゃなくて、いつもすぐ近くにいるんです。今日は特別なイベントとしてやってますけどね、家のすぐ近所の森の中では毎日こんなイベントが起こってるんですよ」
たしかにそうだ。夜の森の中ではこんなにたくさんの虫たちがそれぞれ毎日ふつうに暮らしている。

渋谷西村フルーツパーラーであまおう苺パフェを食べながら、渋谷のスクランブル交差点を見下ろす。一緒にパフェを食べていたりなちゃんが言う。りなちゃんは森に囲まれた小さな町で生まれ育った20代前半の女の子。
「こんなに人がいて鼻血がでちゃいそうですね」
毎日こうだよ、と僕は言う。
僕も月に一度か二度上京して、灯りに集る虫たちのようにあの渦に混ざって群衆のひとりになる。

森の虫も街の人間も、時に何かに群がりながら、ふつうの毎日を過ごしている。それぞれの個性的な姿かたちや暮らしや営みは、素敵なことのように思うこともあり、滑稽なことのように思うこともある。
大人になって子供の頃よりは虫や人間の面白さが少しはわかったつもりでいるけど、たくさんの人や虫に出会うほど、結局わからなくなる。

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