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コロナ禍の結婚式は不要不急の会食なのか

「べらぼうなものを!」 岡本太郎

 5年前、W先輩の披露宴で、披露宴とは私たち結婚しましたよと披露する場ではなく、今まで自分を形作ってきてくれた全ての人に感謝しもてなす場なのだなと知った。家族のみで行った自分の結婚式で、私たちが何をしようとしまいと無条件で愛してくれる人の存在を知った。もう一つ、一歩先へ深めたい……。

 2020年11月、太陽の塔で地底の神話の世界から生命の歴史、未来への梯を登り、私の混沌とした脳をがつんと殴られた。結婚とは何なのか。大きな時間の流れの中で2つの個体が結びつくこと。同じ営みが何度も何度も無限に繰り返されていること。今後も永遠に続くこと。岡本太郎のべらぼうなパワーを見せつけられ、すごい! これだ! と大きく心が動いた。

 茶道部の後輩が空海をテーマに茶席を作っていた。素晴らしい茶席だった。高野山へ四国へと足を運び、空海とは一体何者だったのか、自分たちは何を学んだのか、2年間考え続けた内容が濃茶の30分弱の世界に凝縮していた。彼らのご馳走をいただき「私も茶会やりたい!」の気持ちが沸騰した。

「他人の努力の結果で酒飲むなよ これは俺の感動じゃない」 ブルーピリオド1巻

 普段私たちは他人の努力の結果を消費するばかりだ。私は自分の努力の結果で旨酒が飲みたい。私の感動がほしい。

 結婚についての私の理解を表す茶会をする。披露宴を茶会に見立て、神話の世界から生命の歴史、未来の可能性を表現する。人と人が出会うことで今この瞬間が生まれている。その奇跡をうまく茶会で表現できればきっと感動が生まれる。

 しかし、私の脳内を実現できる場所はあるのか? 普通の結婚式場では無理だ。茶室でも難しい。今回は侘び寂びではなく、華やかでエネルギーに満ち溢れて光り輝く場所が必要だ。どこか適切な場所はないかと探していると、昔の古美術商が結婚式場に業態変化した場所を見つけた。パビリオンコート。その現代的なネーミングからは想像できない、大正時代の建物に紀元前6世紀の銅鐸や洋蘭の絵画、中国の衝立、各国著名人のレターが飾られる。地下から2階まで建物の力に圧倒されっぱなしの会場。しかも1日1組限定で、主催者のこだわりを実現してくれるとのこと。ここ以上の場所は考えられず、契約に至った。

 幸運なことに私の誕生日の8月15日が日曜日で、会場が空いていた。 パートナーの誕生日もほぼ同じなので、誕生日会と披露宴を一緒にできる。言わずもがな8月15日は終戦記念日であり、多くの人が亡くなったつらい記憶の上に自分が生きていることを忘れることはない。戦時中も有事の際も結婚する人はおり祝福の瞬間があったはず。コロナ禍の結婚式は戦時中の結婚式。 生命の歴史を表すのにピッタリの日取りだ。

 この時点ではまだ「大きな時間の流れの中の一瞬」というくらいにしか茶会のテーマが決まっておらず、ゆるゆるの状態だった。友人のクリエイター陣になんとなくのイメージを伝えながら作品の制作を依頼する。今回は水彩画、陶器、干菓子を作っていただいた。テーマは、永遠の中の一瞬、何度も繰り返すもの、人と人との結びつき……。仕事の合間にいろいろと考えを巡らせても、これといったピンとくるものがない。テーマが決まらない中、作品がどんどん出来上がってくる。私のふわっとした依頼に対して予想以上の素敵な作品が揃う。早くテーマを決めなくては。でもこういう時はギリギリまで考え続けて最後に答えが出るものだということを知っている。とにかく何が良いかと考え続けた。

 私は岩倉の茶道の先生宅を訪ねた。

「結婚とは何かと考えていたら、2人の人間が一緒になることだと思って、その源流を辿ると生命の歴史だなと思ったんです。これからもずっと続く時間の流れの一部に私たちがいる、というようなことをパーティの中で表したいのですが、何かふさわしいお道具などございますでしょうか」

 茶碗をお借りするのが主な目的だったので、テーマについて考えていることを話した。先生が出してくださったのは、黒楽の「吉向」という茶碗だった。正直なところ、最初はあまりよくわからなかった。黒楽にもいろいろあるが、先生が出してくださったのはきれいに整った比較的大人しい茶碗。「吉向」と銘がついているがなぜ吉向というのかよくわからない。

「吉に向かっていく、という意味です。良い方向に、良い方向にと進んで行く、縁起の良い茶碗ですよ」

 と先生はおっしゃった。確かに名前は良いし、時間の流れのイメージとも合う。でもまだパズルのピースが合わない感じがした。私が掴みかねているのを見て、先生は少し時間をとって考えてくださることになった。

 翌週の土曜日の朝、携帯が鳴った。先生からだ。

「あの後もずっと考えていたのだけれど、お茶会のテーマは 円 はどうかしら。こないだのあなたの話を聞いて、仏教の輪廻転生の話を思い出したの。ぐるぐる回っている中の一瞬を生きているようなイメージかと思って。また黒楽の吉向は、良いものがたくさん集まり、全部の色が混ざって黒になっています。汚い意味の黒ではなく、きれいな色が吉に向かって茶碗に集まっていると思います」

 なるほど、ミクロな個人の視点では線形に進んでいるように思う時間が、もしかしたらマクロな視点ではぐるぐる回っているかもしれない。全ての命が輪廻転生を繰り返している中の奇跡的な一瞬が2021年8月15日になる。私の周りの良い人・物を数を寄せて集めた茶会が主茶碗・吉向の美しい黒となる。円相は宇宙全体を表す意味がある。また円は縁につながる。きた、これだ! 今回の茶会のテーマは円。 あらゆる縁を司る大国主命にいつもご挨拶してきたのが報われた気がした。ありがとう、大国主命。

 そしていよいよ茶会作りも大詰め、というところに、デルタ株の感染拡大が襲った。8月にはワクチン接種も進み感染も落ち着いているだろうと見込んだが、私の考えは甘かった。1日の感染者数は聞いたこともないような数字に膨れ上がった。私たちはワクチンを2回打ったが、お客様はそうとも限らない。また私の友人には医療従事者が多い。東京都への緊急事態宣言発出、京都府へのまん延防止等重点措置が発表されると同時に、全出席者に東京都、京都府、結婚式場ガイドラインを遵守し開催する旨、直前まで欠席連絡を受け付ける旨を連絡した。会場は京都府だが、より厳しい東京都のガイドラインを適用してもらうよう会場にお願いした。マスク着用・マスク飲食の徹底、検温、手指消毒、収容人数は定員の半分以下、ノンアルコール飲料のみの提供、料理提供時間を1.5時間に短縮……。

 結局9名から欠席連絡が来た。 どの友人も不安を感じ、悩んでいるには違いなかった。欠席の選択が正しいことは私も脳内で重々理解していた。LINEやMessengerの通知が怖かった。論理では癒すことのできない苦しさがあった。 会場はキャンセル料を取らず、直前まで人数変更に対応してくれた。こちらのことを気遣い、できる限りの形で開催に向け努力してくれていることがひしひしと伝わってきた。それでも、欠席連絡は痛かった。

 私の大好きな宝塚歌劇では最近、どの場面の挨拶でも言葉を尽くしてお客様が足を運んでくれることに対する感謝を述べている。私も本当に同じ気分だった。ある友人は

「もしコロナになってもきっと後悔はしないと思うし、管理職に事情を聞かれたら大切な友達の結婚式でしたって躊躇わず言える自信がある!」

 と言ってくれた。この言葉がどれだけ心強かったか……。

 目の前に1人でもお客様がいたらその人のためにできる限りを尽くす。ホストとして当たり前のことだが、相当気合が必要だった。

 さらに雨女ここに極まれり、当日は全国的な豪雨予報となった。私の誕生日に対するエネルギーが強すぎて雨雲を招いたとしか思えない。京都へ向かう新幹線が小田原で止まり、小一時間動かなかった。被害を出すつもりはさらさらないのだけど、会場近くの東山で土砂崩れとガス漏れが発生し、地下鉄の駅が水没した。大阪の友人からは電車が止まって行けないかもと連絡があった。

 私のささやかな思い出はいつも雨と感染症に覆われている。シンガポールに行くはずだった高校の修学旅行は豚インフルで中止となり、成人式は雨、大学時代の茶会も多くが雨、旅行も雨、4回生の時に招かれた裏千家のパーティはインフル発症で途中退席。いつものことだから、もう諦めるしかないよね。

 それなのに2021年8月15日、受付を始めた頃に晴れ間が出た。その後どんどん空は青くなり、雨露に濡れる東山の緑が美しく光った。

 長くて短い1日が終わり、やはり今日は逃してはならない一瞬だった、と思った。一期一会とは今日のことだ。お客様の目から、マスクに隠れた表情から伝わってくるものがあった。私の思い描いた結婚の形が、多くの人の力を借りて茶会として実現し、お客様も感じ取ってくれていた。私とお客様の縁、そして私とパートナーの縁がより強くなったことを実感した。

 今、自分が生きている文脈によって世界の見え方が違いすぎる。感染爆発の最前線で戦う医療従事者の世界、現場に出勤せざるを得ない会社員の世界、 テレワークできる会社員の世界、 子どもやハイリスク者を抱える家族の世界、ワクチンを2回打った世界、まだワクチンを打てない世界……。今回のお客様も人によって捉え方が大きく異なったはず。できる限りの感染対策をしたとはいえ、不安を感じた人もいただろう。

 コロナ禍の結婚式は不要不急の会食なのか。私たちにとっては要・急の会だった。だからといって結婚式をどんどんやって呼ばれたら出席すべきというわけではなく、お客様にも各自の判断を求めたい。欠席の選択が正しいことは皆分かっているから、自分はどうするのか、自分のスタンスを決めてもらわないといけない。決めたからには、感染対策は万全にして楽しんでほしい。

 お客様にしんどい選択を迫る心苦しさがあるのだけれど、新郎新婦にとっては今を逃すと一生後悔するタイミングかもしれない。お客様がたとえ1人になっても、0人になっても、形を変えてでも、心が開催を望むならやったほうが良い。

 第二次世界大戦時、特攻隊に配属された鵬雲斎大宗匠は訓練基地で茶を点て仲間に振る舞ったという。

「生きて帰ったら、お前の家で茶飲ませてくれるか」

特攻隊が生きて帰ることはない。一期一会、永遠の時間が流れても今この一瞬は二度と訪れない。毬茶会でのお客様との出会いが、もしかしたら最後になるかもしれない。そう思うと、笑顔でおもてなしができて一服のお茶を出せたことは良かったと思う。戦時中でも文化の火は絶えなかった。コロナなんかに負けませんよ。という気概で次の茶会を考えたい。

《終わり》

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