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そして現在

帰国してから15年くらい経ってしまった。最初の頃は、嫌な思いをしたらオーストラリアへまた戻るつもりだった。あの頃はまだ永住資格もあったので、それを保険として帰ってきた部分もある。私は在豪12年の間も日本人コミュニティとは関わらず、現地に溶けこんでいた。そもそも日本にはほぼ友達がいない状態で帰国している。そんな私が日本に長く住むことはないだろうと、友人たちは皆思っていたようだ。

危惧していた母との関係だったが、その頃からだんだん私に対する風向きが変わってきた。オーストラリアへ渡った頃から薄々気づいてはいたが、留学に失敗しなかった私を母は誇りに思っていた。そして永住権を取得後はさらに誇れる存在になっていた。30歳直前に家に戻ってきた私のことも、周りには「娘は永住権を持ってるから行き来できるのよ!」と話していた。超落ちこぼれだった私は、いつのまにか母の自慢の娘になっていた。そういった非常に面倒くさい彼女の性格は相変わらずだったが、私への指示や命令はかなり激減していた。そして驚くことに私の言うことを聞くようになっていた。私と母の立場が逆転する瞬間だった。

帰国して2年後くらいに私は日本人の男性と結婚した。好きな男性との恋愛にこだわっていては絶対に結婚できないと過去の経験で学んだ私は、いわゆる自分の好みとは正反対の人と結婚した。真面目で安定した収入のある人だった。夫は結婚と同時に建売住居を購入した。ローンや保険、将来子供が生まれた時に必要になるお金の計算なんかも得意で、当時日本を全く知らなかった私はかなり楽をさせてもらった。新居に引っ越してから1年後には子供も生まれた。その後も第二子、第三子が生まれ私たちは現在5人家族だ。誰が見ても私の人生は順調に見えるはずだ。

母も今やごく普通の優しいおばあちゃんだ。毒親は変わらないと言われるが、母の場合、この15年ほどで見違えるほど変わった。特に私が第一子を出産した頃から、母は本格的に変わった。孫たちを慈しみ深く愛し、私たち一家を全力でサポートする母は、かつて私を苦しめた母ではもうない。だから時々、自分の過去が幻想だったのか、昔の母の姿は私が勝手に作り上げたモンスターだったのかと思うことすらある。それでも、そのモンスターは確実に私の心の奥底に居座り続けている。

自分でもわかっている。私は金銭的には昔から恵まれていたし、母から身体的な虐待を受けたわけでもない。今となっては、母は完全に私の味方だし、私と孫たちのことをかなり甘やかしている。それなのに、私はなぜ昔のことを今でも許せないのか。こんなに恵まれていて一体何が不満なのかと思われるのは当然で、私だって自分がなぜそこまで昔のことを根に持つのかわからない。ただ一つ思うのが、幼少期のトラウマとはそういうことなのだ。母は繊細だった私を傷つけた。そして記憶力の良い私は、ものすごく鮮明に昔のことを覚えている。私のインナーチャイルドは今も悲しい顔をしていて、この子のご機嫌を取るのがとても大変なのだ。

私は母とこの件について話したことはない。ただ、今私は昔の母と正反対の育児をしている。母が許さなかったことを許し、母が強制してきたことは絶対強制しない。そんな育児を実践している私を見て、母も心のどこかで気づいているとは思う。後ろめたさから私や私の子供たちに全力を尽くすのかもしれない。それでも私はやっぱり昔の母を許せない。

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