『光あれ』 リバタリアンの映画評 #8

戦場なき反戦映画

先月、米西部ロサンゼルス郊外のバーで起きた銃乱射事件。事件後に自殺した容疑者の男(28)はアフガニスタンや沖縄県に派遣された元海兵隊員で、軍務による心的外傷後ストレス障害(PTSD)の可能性があるとみられています。

PTSDと名付けられたのは1978年のことですが、帰還兵が不眠、うつ、パニック発作、フラッシュバック、自傷行為などの症状に苦しむ現象は以前から知られていました。ハリウッドで活躍したジョン・ヒューストン監督は1946年に製作したドキュメンタリー映画『光あれ』で、その様子を克明にフィルムに収めます。

この映画は米軍の依頼を受けて製作されたもので、そもそもの狙いは、催眠療法や麻酔統合といった当時最新の治療法をアピールすることにありました。ところが出来上がった作品にはPTSDの症状があまりにも生々しく描かれており、軍は兵士のプライバシー保護を口実に公開を禁止してしまいます。ようやく観ることができるようになったのは1980年のことです。

ヒューストン監督は症状を誇張するため編集したと思われないように、長回しを多用し、兵士たちの表情や発言、動作を淡々と追います。精神医との面談中に泣き出し、席を立とうとする者。外傷はないのに精神的原因で歩けなくなり、両脇を抱えられてベッドにたどり着く者。ドイツの爆撃機から弾が飛んでくる「ササササ」という音への恐怖から「s」を発音できなくなった者。

いずれも治療で回復するのですが、観客はそれで安心するよりも、兵士たちをここまで精神的に追い詰めた戦争に恐怖や疑念を抱くのは間違いありません。

ヒューストン監督は職人気質で、反戦映画を撮るつもりはなかったでしょう。それでもその腕前で事実を忠実に記録した結果、戦場をまったく描かずに、戦争の恐怖を鮮烈に伝える作品を生み出したのです。

(Netflix)


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