サウナから少し離れて

ここ1ヶ月半くらいサウナに行っていない

年が明けてから2回くらいサウナに行って、それっきりだ

別にサウナが嫌いになったわけじゃない

足にイボができてしまい、治療中なのでサウナはもちろん、銭湯にも行けないだけなのだ

じゃあ、よほどサウナに行きたい欲求が溜まっているかといえば、まったくそんなこともない

そろそろ治りそうなので、先生のお墨付きが出たら行くだろう

でも「サウナ行きたい!」という気持ちはない

このまま以前ほどの頻度で行かなくなってもおかしくはない

そんな感じ


ここ2年ぐらいで、ずいぶんサウナは市民権を得たと思う

「サ道」のドラマが放送され、BSではサウナの番組がレギュラー放送されている

それにはやはり「ととのう」という言葉の発明が大きいのだろう

「ととのう」というのは、サウナに入る目的としては非常に分かりやすい

実際「サウナ」「水風呂」「外気浴」のプロセスを繰り返すと、頭がぼやーっとしてきて、気持ちよくなる

その気持ちよさを求めるためにサウナに入るのだ

それは確かに分かりやすい

しかし、それはあくまでも数あるサウナに入る理由の1つに過ぎない

だからあまりテレビやYouTubeなどで「ととのう」を力説されると、なんか嘘っぽさというかマニュアル的なものを感じてしまうのだ

あと「水風呂が本番」ってヤツ

あれもなんかいかにも作られたセリフっぽくて嫌なんだよな


サウナは哲学ではない

ドラマのサ道でも言っていたが、サウナはリフレッシュとか適当な理由のために行く場所だ

安全な入り方はやマナーはあっても

儀式的に正しい入り方はない

良い施設や悪い施設はあっても

正しい施設は無い

そしてなにより

サウナに入らなきゃいけない理由はない

​風呂に入ったり身体を洗うのは

身体の臭いを落としたり汚れを落としたりと、健康のために必要だ

でも別にサウナに入らなくても清潔に快適に生きていける

だからサウナについて何かを語ることは

すごく滑稽だ

だってリフレッシュくらいの意味しか無いことを分かっているのに

いや、それくらいしか意味が無いからこそ、語ることでその無意味さに意味を作ろうとする

それが自分の言葉ならいいけど

他人の講釈にそれを求めるのはマヌケすぎやしないか

他人がサウナに入っている様子を見て楽しそうだなと思うのはいい

でもそれ以上の何かを他人のサウナ体験に求めるのは無駄である


サウナはどこまで行っても自分ひとりの体験だ

公衆浴場だから他人に迷惑をかけない範囲で

自分勝手にサウナを楽しむ

イボがちゃんと治ったら、また自分勝手にサウナを楽しもう

そうしよう

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フリーライターの赤木智弘です