Paul Simon "One Trick Pony"
たぶん中学3年か高校1年のとき、43年くらい前だったと思う。父がアメリカに出張に行くということだったので、ポール・サイモンのレコードをお土産に買ってきて欲しいと頼んだ。ずいぶんと無茶なお願いに父は答えてくれた。買ってきたレコードが、この "One Trick Pony"だった。
1975年の名盤でグラミー2部門で受賞の "Still Crazy After All These Years"のあと、1977年に "Greatest Hits, etc" をリリースした後に、CBSからワーナーに移籍、そして1980年に映画 "One-Trick Pony" を作った。リリースされた同名のアルバムは、サウンドトラックではあるけれど音楽アルバムとして別にちゃんと作りこまれている。
ワーナーに移籍した経緯や契約は知るところではないけれども、映画 "One Trick Pony"もこのアルバムも興行的には期待されたほどではなかったと想像する。LPとしては、日本のオリコンチャートでも最高35位、ビルボードで最高12位といったところのようだ。(One-Trick Pony (album) - Wikipedia, ちなみにこのアルバムのWikipedia の日本語ページはあまりにあっさりしていて、日本ではイマイチ認知度が低いことが伺える。)
ただ、アルバムの一曲目を飾る "Late in the Evening" はヒットしたし、グラミーにノミネートされていた。タイトルソングの"One Trick Pony"もTop40には入っていた。
売れない5人編成のロックバンドの物語だが、しかし、そのメンバーのキャスティングがすごい。主人公はもちろんポール・サイモン(vo, g)だ。脇を固めるのは、エリック・ゲイル (g)、リチャード・ティー(vo, key)、トニー・レヴィン(b)、スティーヴ・ガッド(ds)という布陣だ。
エリック・ゲイル、リチャード・ティー、スティーヴ・ガッドというと当時人気の フュージョンバンド "Stuff" の主要メンバーだし、トニー・レヴィンは、キング・クリムゾンのベーシスト、それぞれが腕利きで歌心あるミュージシャンばかりで、タイトで硬めな音でありながらソウルフル、粒ぞろいの楽曲が揃っている。
たとえば、トニー・レヴィンのベースのイントロが印象的なタイトル曲 "One Trick Pony"
この動画は映画用のバージョンのようでライブ録音だが、アルバムのほうもライブ演奏が収録されている。両者の収録は異なる場所らしく、エリック・ゲイルのギターソロがだいぶん違う。そしてアルバムのほうが、かっちりと作りこまれている感じがある。
B面の一曲目 "Ace in the Hole"もとてもいい。エリック・ゲイルの歯切れがいいバッキングもいいし、リチャード・ティーはエレピやバックボーカルだけでなく、歌も聴かせる。
ポール・サイモンとリチャード・ティーが歌う勢いのいい主メロディーの間のサビがよくて、よく口ずさんでしまう。
アルバムリリースをひっさげてのツアー、フィラデルフィアでの公演がフィルムに収められてDVDとなって売られている。数年前に購入したので、たまに視聴している。
1981年だろうか、FMでこの音源が放送され、ラジカセにかじりついて聴いた。録音したカセットテープは宝物で、何度も再生しているうちにテープが切れてしまってメンディングテープでつなぎ直した。それほど繰り返し聴いたのだった。
メンバーはもちろん、One Trick Pony のバンドだ。サックスやトランペットサポートのキーボードも加わって音に華を添える。
オープニングは "Me and Julio Down by the School Yard" 「僕とフリオと校庭で」。前回に書いた "Live Rhymin'" でもそうだったが、ポール・サイモンのライブのオープニングは必ずこれだったようだ。弾いているギターは映画に合わせて黒のエレクトリック・ギターだ。全編このギターをメインに、アコースティック・ギターのように弾いている。軽い煌びやかな音でこのバンド全体の音にマッチしていると思う。
バックのメンバーの演奏もそれぞれが神がかり的に冴えわたっているし、映像もメンバーそれぞれの見せ場を丁寧にたっぷり写しているので見ごたえ聴きごたえ十分だ。
ポール・サイモンも珍しく躍動する感じで、茶目っ気たっぷりのMCも多目に挟んでサービス精神旺盛で楽しく盛り上げる。
アルバムからは "Ace in the Hole," "One Trick Pony," "Jonah," "Late in the Evening"の4曲が収録されている。それぞれアルバムとはまた少し違った表情で魅せる。この中では特に "Jonah" がいい。美しいギターのイントロから始まりリリカルなメロディー、そしてフルートのソロが聴きどころだ。
※YouTubeにあったので貼っておこう。ただ、この映像、そのうち見られなくなると思う。
アルバムに戻ると、"Who knows my secret broken bone" という歌いだしが印象的な7曲目 "Nobody" も、けだるくやるせない感じが出ていて好きな一曲だ。そして9曲目の "God Bless the Absentee" も比較的単純な小品だが、私は結構好きでよく口ずさんでしまう。
そしてアルバムの最後は "Long, Long Day" パティ・オースティンのボーカルもいい味が出ているし、ギターはジョー・ベックで柔らかい音も雰囲気たっぷりだ。
ここは、映画版の動画を貼っておこう。こちらは One Trick Pony バンドのメンバーのみのライブ演奏で、より一日の終わりの疲れ切った雰囲気がたっぷりだ。
1975年の "Still Crazy After All These Years" 「時の流れに」は全面的にジャズ・フュージョン色が強かった。複雑なテンションの加わる陰影あるハーモニーと少し捻った曲構成、ジャズ・フュージョン畑のスターのソロ、といったソフィスティケイトされた音作りだった。その方向で作りたかった音楽を、スタジオもライブも自由自在の最高のメンバーとバンドを組んで一緒に作り上げた、そんな自信と喜びがフィラデルフィアのライブからもうかがえる。
本当にいいアルバムだと思う。
それぞれの曲の出来は自身もおおいに満足していたのではないだろうか。完成度も高く、かなりのエネルギーを注いで作りこんだと感じられる。一流のメンバーを集めて映画を作ってレコーディングをし、ライブツアー、そんなワーナー移籍の一作目は、Wikipediaによればアルバムは50万枚のセールスで全米最高位が12位なので、それまでのソロ4作と比べると見劣りがする。映画も興行的には、かなりイマイチだったという。
”One Trick Pony” の後、1980年代の前半は、かなり迷い苦しんでいたのではないだろうか。
1981年には次の作品に取り掛かっていたということだが、かなりのプレッシャーがかかっていたのではないか、と思う。ポール・サイモンは多作ではない。次から次へと詩や曲が湧き出てきて佳作も駄作もどんどん世に問うというタイプではない。
MTVが始まったのが 1981年、空前のヒットとなったマイケル・ジャクソンのスリラーがリリースされたが1982年末だ。時代はどんどん変わって人々の趣向が変わるとともに、自身をとりまく音楽ビジネス環境はどんどん変わっていく。
私生活ではスター・ウオーズのレイア姫役だったキャリー・フィッシャーとの交際があり、1983年に結婚そして翌年に離婚することになる。
また、それらと並行して1981年にサイモン&ガーファンクル再結成の話が持ち上がっていたのだった。
■追補
アルバムからのヒット曲は "Late in the Evening" トニー・レヴィンのベースやパーカッションのアンサンブルも楽しいアルバムのオープニングだ。度々ライブで演奏されているし、本人もかなり気に入っている一曲だと思われる。
私は、アメリカはニュージャージーに出張した際に、夜、ホテルの近くのバーのカラオケで歌わせてもらった。オープンな広い店で、ぎっしりのお客は皆しゃべって歌って騒いでいたので、歌っている人などはそっちのけ、誰も聴いてはいなかったが面白い経験だった。
TV番組だろうか、ジョン・メイヨールとの共演が面白かったので、その動画を貼っておこう。
Randy Jackson joins Paul and John performing "Late In The Evening" Baileys In Tune 2004
■ 関連note記事
Paul Simon の記事は、アルバムごとに思いのたけを綴っていく予定だ。おそらく全記事、5000文字超、しかも語り足りない、そんな個人的な記事になるはずである。
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