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円周率

3月14日は、世界的に円周率の日である。一時期、「円周率を 3 と教えることになった」という話が持ち上がり、「そんなアホなことがあるか、ゆとりが大事だからといって教育の質をそこまで落としていいものか」とかなり盛り上がったことがあった。あらためて検索してみると、Wikipediaですぐにひっかかった。

誤報だということで、実際には円周率はずっと 3.14 として教えられていたらしい。そもそも、教育改革や指導要領など中身をよく確かめもせずに、印象だけを「教育の劣化」という自分の思い込みにあてはめて、騒ぐ人は多いのではないか。それにしてももう20年にもなる。この騒動のまっただなかにいた小学生は今30歳前後ということになるわけだ。

さて、もちろん、円周率は 3 でもなければ、3.14 でもない。 

3.1415926535897932 .... と無限に数字が続く無理数である。数学が少し進むと、記号の π を使い、虚数単位: i 、自然対数の底:e、 そして ゼロ:0 とともに大事な定数であり、計算式に頻繁に顔を出すものの、実際の数字を扱うことはほぼなくなる。

では、円周率は 3 で教えてはいけないのだろうか。実用的には困らないはずである。私も、ざっと円周の長さを計算しろと言われれば、暗算で3をかける。では小学生に円周率は π であると教えてどうなのだろう。だいたい、無理数の π を理解している人は大人でもあまりいないと思う。ここでは、そこには踏み込まないが。

だから、そのころ、「円周率を 3 で教えるなんてケシカラン」といきり立つコメンテータなどを TV で見たり、ネットでそういう論調の記事を見たりすると、「アホちゃうか、 3 でいいじゃん、勉強したい人はどんどん勉強して深めるだろうし、3としたって、ほとんどの人は、実用上は困ることはないだろう」と思っていた。

しかし、である。去年の 3月14日、風呂に入っている間に、そんなことを思い出しながらつらつらと考えていたら、小学校で最初に円周率を教えるときに、3.14として、3でなく、3.14159265358979..でもなく、 πでもないのは、意外に味わい深いものだなと思い至った。

3.14という覚えやすい中途半端感は確かに絶妙だ。

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これ以上の桁数で教えることを考えてみよう。

3.141ではちとまずい。1の下の桁は5なので、少数点以下3位で打ち切るなら 3.142 にするほうがよいけれども、これだと四捨五入の誤差も大きく思えて違和感がありありとなるし、かといって 3.141 だと下の桁を知る多くの人にとってモヤモヤ感が残る。

もう一桁となると、これも四捨五入で 3.1416 だ。だんだん親近感がなくなってくるし、この場合、誤差が非常に小さいとはいえ最後の桁の数字が 5 から 6 になるのは、やはりちょっともやっと感がでる。しかし、これ以上の桁になると、これはもう挑戦の雰囲気となる。

※ ところで、四捨五入にも作法があって、実は国際規格で決まっているので工学系の方は、ISO 8000 -1 Appendix B を参照されたい。

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ところで、πを計算で求めることができるので、桁数への挑戦もポピュラーである。去年の2019年3月14日に最高記録が塗り替えられ、約31兆桁が計算されている。

111日間の計算の結果、小数点以下31兆4159億2653万5897桁まで円周率を計算したという。円周率の最初の14桁である「3.1415926535897」に合わせた。

なかなか洒落ているではないか。今年も、3月14日をターゲットに誰かがトライしているのだろうか。計算機の腕力の問題なので、記録は容易に塗り替えられるだろう。

私は15桁だけ覚えている。数字が好きな人は、学生のころに、π を何桁記憶できるか競い合った経験を持っている人も多いのではないだろうか。技術の世界にいると、10桁や20桁覚えている人は普通で、数字計算が必要になると、電卓やExcelでじかに桁数の多い数字を入れて計算する人もよくみかける。精度の高い計算をしているつもりなのだ。ただし、実際にそれだけの桁数が必要になることはあまりない。

これも去年の話なのだが、ちょっと気になったので、pi が Excel で、どう扱われるのかを試してみた。

Excelで pi() とすれば15桁で値が返る。試しにセルに =pi() と打ち込むと10桁しか出ないので、おかしいなと思ったが、表示の問題であった。セルのフォーマットをデフォルトの「標準」ではなく、「数字」にして、小数点以下の桁数を14桁にするとちゃんと表示できる。

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とにかく理数・工学系の人は、自分が今、有効数字を何桁使っているのかを意識しておかなければいけない。たまに、測定値を全桁Excelに入力して、小数点以下何桁か、まったく気にせずに表を作る人がいるが、せめて有効数字の桁数で揃えて表示してほしいと思う。

プログラミングをしている人は、ライブラリなどですでに定義されている変数を使うだろうから、意識する人はあまりいないかもしれない。昔のように計算ライブラリを自作する人もほとんどいないだろうから、変数の意図しなかった型変換や、割り算や引き算で発生する桁落ちに注意、なんてことも知らない人もいるかもしれない。

有名な本では Numerical Recipe in C というのがあって、私もバイブルとして長く使っていた。

今でも広く使われているのだろうか。科学技術計算ライブラリが手軽に入手できるし、Python や MATLAB、Mathematica, などを使うほうが普通かもしれない。統計処理もそれ用のソフトウエアがあるし、特に自分でチマチマプログラムを組んだり計算することもあまりないだろう。

しかし、やはり、基礎は大事である。単に誤差の意識、というだけでなく、最適化やあてはめ、統計処理、といった現代でますます重要な基本的な知識は一度でいいから触れておいたほうがよいと思う。「レシピ」は、そのようなバックグラウンドの解説も丁寧で、単なるアルゴリズム集以上の面白さを持っていて、勉強になる。

また、私は、父の書棚からくすねてきた宮本正太郎著の「誤差論及計算法」を手元に持っている。


第一編は「誤差論」として、最小二乗法の原理、直接測定、間接測定、条件付き直接測定、条件付き間接測定、の5章からなる。第二編は「計算法」として内挿法、数字微積分法、常微分方程式の数値解法、関数級数および実験式、逐次近似法及び方程式の根、の5章からなる。

実は全部を読み切ってマスターした、とは言えないので、あまり大きなことは言えないのだが、たびたび役に立った。

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そういえば、今回は円周率の桁数の話であった。「誤差論及計算法」をひっくり返してみたが、有効桁数の話はなかった。

まぁいいではないか。

さて、長くなったので、最後に Kate Bush の Aerial というアルバムに PI という曲があるのでYouTubeをクリップしておく。ジャケ写も美しいこのアルバム、私の好きな一枚である。この曲はそのタイトルどおり、円周率の数字を歌ったものだ。


 3.14。無理数に至る道も感じさせながら、3桁覚えればいいんだよ、という親しみやすさ。 小数点以下2位まで知っているというちょっとしたエリート感。

世の中、永遠に割り切れないこともあるんだよ、というこの3.14の感じは、円周率=3では絶対に表現できない。

やっぱり3.14で教えるべきなのだろう。先人の知恵は侮れないものである。


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