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アダ・ロヴァッティ:Ada Rovatti "The Hidden World of Piloo"

イタリアのテナーサックス、アダ・ロヴァッティを知ったのは、Brecker Brothers Reunion Bandを聴いてのことだった。そこでテナーサックスをブリブリ吹いているのがアダ・ロヴァッティだった。トランペットのランディ・ブレッカーの奥さんだ。

ランディのソロのあと、3'34"あたりから4'30"までが彼女のソロで、そのあと 6'21"あたりまで、引き続きランディとアダと交互に掛け合いでソロをとる。二人のインタープレイがいい。そのあとのマイク・スターンの疾走感あふれる3分近いソロも楽しめる。

その彼女がつい最近に新しいアルバムをリリースした。"The Hidden World of Piloo"

10曲のうち4曲がボーカル入りだが、全曲が彼女の作曲でボーカルの詞も彼女による。明るくポップでテンポのよい楽曲がよい。ランディ・ブレッカーも持ち前の愛嬌ある演奏で楽曲を盛り立てる。

ボーカルは、オランダからFay Claassen (フェイ・クラーセン)、ドイツからAlma Naidu (アルマ・ナイドゥ)、アメリカの Niki Haris (ニキ・ハリス)。そして、男性ボーカルのKurt Elling (カート・エリング) も10曲目の "Done Deal" で華を添える。

タイトルは「知られざる Piloo の世界」とでも訳すべきか、それにしても Pilooってなんだろうと思ったら、アダが子供のころに大好きだった本に登場する猫の名で、そのころ以来父親からはずっと Piloo と呼ばれていたとのことで、つまりは自身のこと。

単なるサックスプレーヤーではなく、ランディ・ブレッカーのパートナーというだけではない。このアルバムで、サックスはテナー・アルト・ソプラノ・バリトン、そしてフルートも演奏しているというし、インスト曲だけではなくボーカル曲も含む作曲者・作詞者として、アレンジャーとして、プロデューサーとして、知られざる面を表現しようという意気込みが可愛らしいタイトルに表れている。このアルバム・ジャケットの写真の衣装は本人が仕立てたものだそうだ。ステージ衣装も自分で仕立てたりする。そんな才能も Piloo の知られざる世界のひとつなのだ。

Finally I finished it ! My new handmade suit ! #jazzseamstress #adarovatti #sewing #hobby #jazzsuit

Posted by Ada Rovatti on Saturday, February 3, 2024

・・・・と、いうようなことは次のインタビュー記事を読んで知った。

Interview: Ada Rovatti (Feb. 12, 2024) JazzWax

生い立ちや、学生時代、ランディ・ブレッカーとの馴れ初めと結婚までの経緯など、なかなか興味深い。また、ブレッカー・ブラザーズ・バンド・リユニオンへの参加に際しての葛藤も興味深い。

それはそうだろう。あの伝説のバンド、ブレッカー・ブラザーズで、今は亡きマイケル・ブレッカーの代役という位置づけは荷が重い。当初、ランディ・ブレッカーが久しぶりに自身のバンドを組んでブルーノートに出演する予定だったのが、集まったバンドのメンバーを見たブルーノートがプロモーション目的で、バンド名を急遽 "the Brecker Brothers Reunion Band"と変更したらしい。アダ・ロバッティは辞退しようとしたが、ランディ・ブレッカーやバンドのメンバーに説得されて出演したということだ。それでも無邪気なファン・評論家はやはり厳しい。次のように言っている。

my gut instinct was right. The critics slammed me and still do

Interview: Ada Rovatti (Feb. 12, 2024) JazzWax

しかし、ランディ・ブレッカーは、彼女には彼女しかないユニークな演奏なのだからそれでよいのだ、と言う。そして、

The last thing he wanted, he said, was a clone of his brother, which came as a relief to me.

Interview: Ada Rovatti (Feb. 12, 2024) JazzWax

ランディいいことを言う。いいエピソードだ。

そんな二人の絆は 2019年のアルバム "Brecker Plays Rovatti - Sacred Bond" で聴くことができる。

アダの曲をランディがアダとともに演奏している。タイトル曲 "Sacred Bond" では、冒頭で二人の愛娘、ステラ・ブレッカーのかわいらしい歌声を聴ける。

Tower Record の紹介記事によるとライナーノートはランディ・ブレッカー自身が書いていて二人の出会いから、楽曲説明まで、丁寧に説明してあるということだ。


さて、"The Hidden World of Piloo" は7枚目のリーダーアルバムだということだが、Spotifyでは "The Hidden World of Piloo" の他、リーダー作としては、2006年の "Airbop," 2009年の"Green Factor," 2014年の "Disguise" の3枚のアルバムを聴くことができる。どれも彼女らしい明るく元気な楽曲ばかりで、印象に残るテーマに、ソロ、そしてストレートなアレンジ、なかなかよい。

中でもケルト音楽を取り入れた "Green Factor" が聴きごたえがある。バグパイプで始まる 1曲目のトラディショナル "The Kerry Dance" もいいし、おっと思わせる旋律でスリリングなオリジナルの2曲目 "The Green Factor" が続く。6曲目の "The Untold Story" や10曲目の "Your Highness" も似たテイストで、特に気に入っている。

不思議なタイトルの3曲目 "CORKO MIO (OH)" も、ドラムスがドラマティックに盛り上げていく各フロントのソロが面白い。粘りがあるリズムの "I Lost My Wisdom" も好感触だ。スタンダードの "Somewhere Over the Rainbow" も大胆なアレンジが楽しい。


いかがだろうか、”The Hidden World of Piloo" ー Ada Rovatti の知られざる世界。彼女のことを Piloo と呼んでいたお父さんは、2021年、レコーディングが終わった数日後に天に召されたそうだ。



■追補

"The Hidden World of Piloo" に参加のドイツはミュンヘン出身のアルマ・ナイドゥは2019年ドイツのドラマー、ウォルフガング・ハフナー(Wolfgang Haffner)に見いだされたという。

2022年にデビューアルバムをリリースしたばかりの新進ボーカリストだ。これがなかなかいい。

自身の名前を冠したこのアルバムは、抒情的な楽曲が揃っていて透明感のある内省的な声がマッチしている。1曲目の歌いだしを聴くだけでぞくぞくとさせられる。


ウォルフガング・ハフナーは、ランディ・ブレッカーのレコーディングに参加している。例えば、2019年のNDR Bigband との共演盤 "Rocks" 。

このアルバム、アダ・ロヴァッティも参加しているので、このあたりの接点があったようだ。繋がりだけでボーカリストを選んだわけではないだろうけれども。

このように幅広く素晴らしいミュージシャンに出会えるのは、ファンとして嬉しいことである。


■関連 note 記事

ランディ・ブレッカーの1人目の奥さんはイリアーヌ・エリアスだった。1年ちょっと前に記事にしたことがある。

しかし、それにしても今、アダとランディは本当に幸せそうだ。


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