Paul Simon: Simon &Garfunkel "Bridge Over Troubled Water"
"Bridge Over Troubled Water" 「明日に架ける橋」は、あまりに有名なタイトル曲と "El Condor Pasa (If I Could)" 「コンドルは飛んで行く」、 "The Boxer" 、コミカルな "Cecilia" などのヒット曲の他、佳曲が揃っており、全曲が丁寧に作りこまれ、S&G の様々なスタイルを網羅しつつ、アルバム全体の統一感もある素晴らしい出来のアルバムになっている。
このアルバムは、S&Gのいいところを総合して余すところなく表現していると思う。ルーツのロックンロール(3, 9, 10) 、フォーク・ロック (4, 7)、民俗音楽の要素 (2,3)、アート・ガーファンクルの歌声 (1, 5)、ポール・サイモンの抒情あふれる詩と楽曲 (5, 6, 8, 11)。そしてロイ・ハリーのプロデュース力とエンジニアリング力。
あまりに有名な「明日に架ける橋」"Bridge Over Troubled Water", ピアノの印象的なイントロ、アート・ガーファンクルの詠唱、2番が終わって3番につながる間奏で、ベースが入りドラムスが加わり、ストリングスも交えてどっしりとドラマティックに展開していく構成は、ギターを中心に構成される他の楽曲と異なる。S&Gを代表する看板のヒット曲であるにも関わらず、S&Gとしては異色の曲なのだ。
同じようにアート・ガーファンクルの歌唱力を前面に押し出した楽曲といえば、「エミリー・エミリー」「4月になれば彼女は」そして「スカボローフェア」があげられるが、どれもポール・サイモンの卓越したギター演奏がバックにあり、それも楽曲を輝かせる重要な要素だ。しかし「明日に架ける橋」は違う。ポール・サイモンは自ら見事に黒子に徹している。
多くの無邪気な音楽リスナーはボーカルしか聴かない。そして作曲者・作詞者はもとよりアレンジャーやバンドリーダーやプロデューサーなぞは意識に上らない。そんな多くのS&Gファンを狙った会心の作詞・作曲、会心のアレンジとエンジアリングだったことだろう。
しかし、あまりに狙いどおりによく出来過ぎていたがため、S&Gといえば「明日に架ける橋」、S&Gといえばアート・ガーファンクルの歌唱力、というイメージが定着してしまったかもしれない。
また、この曲は、それまでになかったゴスペルの要素がたっぷりでそういう意味でも S&G としては異色である。が、その後のポール・サイモンのソロアルバムではゴスペルの曲がいくつかあり、この曲はその一里塚と言っていいかもしれない。
2曲目の「コンドルは飛んでいく」も有名だ。この曲で初めて南米の音楽に触れた人も多いだろう。そして単純ではあるが多くの人が共感を覚えるだろう歌詞もいい。また、歌いやすいメロディだしコード進行も単純、ギターの初級者でも十分に楽しめる。ちょっと練習してパーティで披露すれば大合唱間違いなしだ。
この曲も、その後のポール・サイモンの音楽の方向性を示している。民俗音楽への傾倒がはっきりと示された曲でもあるし、また、ポップ・スターが巨大な資本をバックに民俗音楽を搾取して、不当な名声と利益を独り占めにする、として責められた最初の曲かもしれない。このあたりのことは後々、名盤 "Graceland" を扱うときに触れることにしよう。
3曲目の「セシリア」はガラッと雰囲気が変わる。コミカルな歌詞も面白いがパーカッションを中心にしたアレンジが、最初は驚き、人によっては戸惑い、しかし、2コーラスめには一緒に腰を動かして踊っていることだろう。
その勢いのまま始まる4曲目は"Keep the Customer Satisfied" 、「お客の望むままに頑張っている私、ちょっと疲れちゃったけどもうちょっと頑張る alright!」 それまでのS&Gの流れのフォークロックだが、勢いのある全体の構成、メロディもアレンジもすべて洗練されているし、歌詞は皮肉や揶揄は控えめでストレート、思わず一緒に合唱してしまう。
5曲目 "So Long, Frank Lloyd Wright" はうってかわって内省的な不思議な雰囲気の曲だ。曖昧で様々な色彩を見せる和声がいい。また、固有名詞を使って何かを象徴し暗示するポール・サイモンが得意とするタイトルと歌詞がいい。すでにジャズやクラシックの音楽まで手のうちにして楽曲に深みと奥行きが出ている。聴けば聴くほど惚れてくる、そういう曲だと思う。
6曲目の "The Boxer" もあまりに有名だ。ギターを何本も重ねて厚みを持たせつつ柔らかな音に仕上がっている。そして、コーラスで響く太鼓も印象的だ。5節からなる物語調の歌詞も多くの人の共感を集めるところだ。この曲も多くのミュージシャンがカバーしているが、誰が歌っても楽曲そのものの輝きは変らない。
ポール・サイモンのソロでのステージでもたいてい演奏され、長く歌い継がれている素晴らしい曲の一つだ。前に触れた "Live Rhymin'" でウルバンバをバックに演奏したのもいいし、フィラデルフィアのコンサートでの弾き語りもいい。ここでは、ジョーン・バエズの75歳祝福コンサートでの演奏を貼っておこう。
7曲目の "Baby Driver" は "Cecilia"と同様のテイストで勢いのいい楽しい一曲だ。イントロのギターもコミカルでいい。10曲目の "Bye Bye Love" は彼らの少年期のアイドル、エヴァリーブラザーズの曲だが、そのようなルーツのロックンロールを本人たちも楽しんでいる演奏だ。このへんが実は S&G として結成当時にやりたかった音楽で、ようやく完成した、といったところなのかもしれない。9曲目の "Why Don't You Write Me" も同様だと思う。
聴いているうちに、いくつかの印象的なフレーズは頭にこびりついてしまい、ついつい一緒に口ずさんでしまうに違いない。
ところで、映画「卒業」のあと、アート・ガーファンクルは映画「キャッチ22」に出演することになった。アート・ガーファンクルはポール・サイモンに、映画の撮影が終わったら新しいアルバムのレコーディングをしよう、それまでの間に次のアルバムの曲を書いておいてくれ、と言ったらしい。
それまででも、ポール・サイモンはS&Gの曲のすべてを作詞作曲し、アレンジし、レコーディングのときにはバンドのメンバーに指示し作品を作り上げてきた。アート・ガーファンクルはポール・サイモンが書いた曲を書いたパートを歌いあげる。彼らのヒットはアート・ガーファンクルの歌唱力によるところも多かったとはいえ、それまででも二人の役割の分担はあまりに非対称だった。
しかし、それでも二人は幼馴染の親友で、彼らのアイドルだったエバリー・ブラザーズのようになることを夢見て練習を重ね、レコード会社に売り込みをかけ、高校のうちにレコードを出し、無名の時期を乗り越え、そして、フォークロックの時流に乗って急にスターになった。時に喧嘩して別れたりしながらも、苦楽をともにして来てついに一緒に成功したのだ、という思いがあったはずだ。
それが映画の撮影があるから、とはいえ、作曲作詞、コンセプトづくり、すべて丸投げされて、自分は出来たものを歌うからさ、ということになると、いったいどんな気持ちだっただろう。
アート・ガーファンクルは映画の撮影に飛び立って映画に集中していたのだろう。ろくに連絡もなかったに違いない。
"Why don't you write me?" 「なんで手紙もよこさないんだい?」
そして、映画の撮影は予定よりもずいぶん長くかかったらしい。「早く戻ってきてくれよ。」「いや、それはできない。メキシコのロケがあるんだ。」
"The Only Living Boy in New York" の一節は次のようだ。
ポール・サイモンとアート・ガーファンクルはトム・アンド・ジェリーという名前でデビューした。アートがトム・グラフだった。
この曲は大好きな一曲だ。そのころの二人の確執・エピソードや作者が歌詞に込た意味や文脈から離れて、いろいろな人がそれぞれ自分の思いを込めることができる、そんな歌になったと思う。ポール・サイモンは後年になってもコンサートで披露している。
12弦ギターの豊かな柔らかい音、コーラス、起伏のある間奏、完成されたいい曲だと思う。
前回、アルバム "Old Friends" について書いたが、すでに二人の音楽の方向性が違っていると感じられた。そして、二人の決別を決定づけたのは、この「明日に架ける橋」のアルバムだったに違いない。孤独な作業が続く制作過程を経て入念に作りこまれたタイトル曲を、アート・ガーファンクルが歌い上げ拍手喝采を浴びるとき、ポール・サイモンが抱いたであろう複雑な気持ちは想像に難くない。
だから、10曲目に彼らのルーツであるエバリーブラザーズの "Bye Bye Love" のライブ演奏を1曲はさんで、その歓声がフェードアウトしていくなかで始まるアルバム最後の曲 "Song for the Asking" が余計に印象的だ。
アルバムの最後の曲は、最後の曲として選ばれたというだけでもミュージシャンにとっては特別な曲であることが多いのではないかと思う。過去への憧憬であったり未来への展望であったりする。長い旅の頂点に達してまた別の冒険に出る、そんな決意かもしれない。しかし、多くは、そんな個人的な思いをさらけ出すことをせず、逆に曖昧で暗示的で、たいていは短い小品で目立たない、少しミステリアスな曲だったりする。
"Bridge Over Troubled Water" はポール・サイモンにとって、どんなアルバムだったのだろうか。
"Song for the Asking" の歌詞は次のようだ。
柔らかいギターのイントロで始まる穏やかで美しいラブソングは決別の歌だった、と思うのは私の考え過ぎだろうか。
■追補
"So Long, Frank Lloyd Wright" について「固有名詞を使って何かを象徴し暗示するポール・サイモンが得意とするタイトルと歌詞」と書いたが、思い起こされるのは、アルバム "Hearts and Bones" の一曲、"Rene and Georgette Magritte with Their Dog After the War" だ。
どちらも表情豊かな和声と歌詞で大好きな曲だ。
両方の曲とも楽譜を入手して、ギターの弾き語りでだいぶん練習した。テンションの効いた曖昧な響きと印象的なメロディー、そして歌われる名前がメロディーを際立たせる。
分数コードや見慣れないテンションが入ったコードをふんだんに使い、そんな曲を知っていて演奏できる、というのが得意な気分になれる。下手でも上手いように聞こえるのもいい。
以前に書いたように "Hearts and Bones"は S&G の再結成アルバムになるはずだった。上述した "Rene and Georget …" と "So Long …" の他にも、 "Bridge Over Troubled Water"と互いに対応する曲があると感じられる。たとえば異色の一曲目、"Bridge Over.." はやはり異色の "Allergy," "The Boxer"は "Hearts and Bones," "Baby Driver" は "Cars and Cars," "Keep the Customer .." は "When Numbers Get Serious," "Song for Asking" は "Late Grate Johny Ace." 狙ったわけではないだろうが、そう思えるところが面白い。
■ 関連 note 記事
Paul Simon の記事は、アルバムごとに思いのたけを綴っていく予定だ。おそらく多くの記事が軽く5000文字超、しかもそれでも語り足りない、そんな個人的な記事になるはずである。
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