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Paul Simon "The Paul Simon Song Book"

1981年のサイモン&ガーファンクルの再結成コンサートについては、前回、アルバム"Hearts and Bones" を取り上げたときに書いた。

S&Gの名曲の数々もポール・サイモンの作詞作曲なのだからあたりまえだが、全体、ポール・サイモンのソロの印象が強い。

Paul Simon "Hearts and Bones"|Shimamura, T. 島村徹郎 (note.com)

S&Gの名曲といえば、まずあがるのが "The Sound of Silence"だろう。「映画「卒業」で使われた」というのが枕詞のように使われるし、多くのミュージシャンがカバーしているし、親しみやすいメロディと印象的なギターのイントロのフレーズで、多くの人が知っている名曲だろう。もちろん、ポール・サイモンの作詞作曲で、1964年ごろだから60年前の初期の作品だ。

ポール・サイモンがコンサートで必ず披露する一曲でもある。リクエストもされるだろうし、やはり自身が愛している一曲であるに違いない。

1965年にリリースされたポール・サイモンのソロアルバムの1枚目 "The Paul Simon Song Book"にレコーディングされている "The Sound of Silence"を聴いてみよう。

ギターの弾き語りと、足拍子でリズムをとりながらドラマティックに歌う。おなじみのイントロとともに、固めの響きのストロークとベースラインの動きが印象的だ。

このアルバムは全編、ポール・サイモンの作詞作曲だ。

"The Sound of Silence"とともに、後にS&Gとしてフォークロックの音にしたててヒットしたのが1曲目の "I Am a Rock"だ。続いて "Leaves That Are Green," "A Church is Burning," "April Come She Will," "The Sound of Silence," "A Most Peculiar Man," "He Was My Brother," "Kathy's Song," "The Side of a Hill," "A simple Desultory Philippic," "Flowers Never Bend with the Rainfall," "Patterns" と12曲、それぞれが3分程度の長さなので合計35分程度の長さではあるし、自身のギターの弾き語りだけのシンプルなつくりだ。

これらの曲は、アート・ガーファンクルとともに歌い、エレクトリックギターやドラムスとベースを加えて Simon & Garfunkel で後々ヒットすることとなる。

漠然とした不安と行き場のない焦燥は若者の特権とも言えるが、どの曲も、心を閉ざして内にこもりながら社会問題への怒りや自分へのいら立ちをシニカルな詩に込めてぶつける、そんな楽曲ばかりだ。"A Church is Burning" は、教会が燃えてしまえば自分は自由になる、と歌うが、自分を抑圧するものの象徴としての「教会」だろう。ボブ・ディランの "It's Alright, Ma"をリメイクしたような"A simple Desultory Philippic" のように、プロテストソングにプロテストするような曲もある。

アメリカがベトナム戦争に本格的に関与し始めた直後、そんな世相も影を落としているように思う。

美しいフィンガースタイルのピッキングによる "April Come She Will" (四月になれば彼女は)は、アート・ガーファンクルの美しいボーカルでヒットする名曲だが、このアルバムで聴くとポール・サイモンの歌声でもしっくりとくる。

April, come she will
when streams are ripe and swelled with rain
May, she will stay
Resting in my arms again

Jun, she'll change her tune
In restless walks she'll prowl the night
July, she will fly
And give no warning to her flight

August, die she must,
The autumn winds blow chilly and cold
September I'll remember
A love once new has now grown old

Paul Simon "April Come She Will"

言うまでもないかもしれないが、April - will, May - stay, Jun - tune, July - fly, August - must, September - remember と韻を踏み、また、rain - again, night - flight, cold - old と韻を踏む美しい詩だ。

詩の内容はやはり人間不信である。「4月になれば彼女はやってきて5月には一緒に暮らす。6月には彼女は心がわりし、7月にはどこかに行ってしまう。8月にはきっと彼女は死んでしまって9月には新しい愛が芽生えることだろう。」

ジャケットの写真の女性は、当時ロンドンを拠点としていたポール・サイモンの恋人のKathyだということだ。"April Come She Will" この歌が二人の間でどう響いたのかはわからない。「歌は歌、自分たちの愛は永遠」という熱い思いがあったのか、それとも「自分たちの恋だってそんなもの」という冷めたものだったのだろうか。

その答えは "The only truth I know is you," 8曲目の"Kathy's Song" にあるように思う。この曲も S&Gのアルバムで知っている人のほうが多いかもしれない。流れるようなギターの伴奏と優しい歌声が印象的なストレートなラブソングで、好きな方も多いと思う。実際、Spotify の再生回数では、断トツの "The Sound of Silence"の次に多く、3番目の "April Come She Will" や4番目の "I Am a Rock" の2倍以上の再生数となっている。

非常に素直な歌詞で、その中で自身の内面の悩みがさらけ出されている。

And a song I was left undone
I don't know why I spend my time
Writing the song I can't believe
With words that tear and strain to rhyme

And so you see I have come to doubt
All that I once held as true
I stand alone without beliefs
The only truth I know is you

Paul Simon "Kathy's Song"

ポール・サイモンのその後の長い旅路は、このアルバムで始まった。自分が信じることができない歌を書いて歌い、そしてそれが時流に乗り世界でヒットした。そして次から次へとヒット曲を書いてリリースすることが求められる。

しかし、単に時代に迎合した音楽ではなく、もっと微妙で曖昧な色合いと複雑な陰影をもった和声で、もっと複雑で楽しいリズムで、もっと自由な曲構成で、そして自分が信じられる、違った何かを創りたい。

商業上の成功にとって重要な要素だったアート・ガーファンクルの天使の歌声は確かに認めるが、しかし、一方でアートは自分の複雑な思いを共有しているとは思えない。

どうなのだろう、私の深読みに過ぎないだろうか。

"The Paul Simon Song Book" LPのジャケット裏面。
シニカルな劇の脚本のような体裁でのアルバムへ寄せたコメントと各曲ごとに簡単な解説を読むことができる。

ギタリストとしてのポール・サイモンの腕はこのアルバムでも十分に発揮されている。技巧を見せつけるところはないが、どの曲もイントロのフレーズが印象的で、アルペジオに織り込まれるメロディーも美しく、ベースラインの動きもアクセントがあるし、力強いストロークもいい。

オープンチューニングのギターが迫力の "Pattern" も好きな一曲だ。 この曲は、7年後、S&Gが破局した後のポール・サイモンの2枚目のソロアルバム 自身の名前を冠した1972年の "Paul Simon" への連続性を感じさせる一曲だと思う。

しかし、アルバム "Paul Simon" について書く前に、その前の S&Gのアルバムを取り上げなければ、やはりおさまりが悪い。次回と次々回の2回にわけて、S&Gのアルバムについて書こうと思う。


■追補

"Hearts and Bones" の一曲 "The Late Great Johnny Ace"の詩を記しておこう。

I was reading a magazine and thinking of a rock and roll song
The year was 1954, and I hadn't been playing that long
When a man came on the radio, and this is what he said
He said, "I hate to break it to his fans but Johnny Ace is dead"

Well, I really wasn't such a Jonny Ace fan but I felt bad all the same
So I sent away for his photograph, and I waited 'till it came
It came all the way from Texas with a sad and simple face
And they signed it on the bottom from the late great Johnny Ace

It was the year of the Beatles, it was the year of the Stones
It was 1964
I was living in London with the girl from the summer before

It was the year of the Beatles, it was the year of the Stones
A year after J.F.K.
We were staying up all night and giving the days away
And the music was flowing amazing and blowing my way

On a cold December evening I was walking through the Christmastide
When a stranger came up and asked me If I'd heard John Lennon died
And the two of us went to this bar and we stayed to close the place
And every song we played was for the late great Johnny Ace

Paul Simon "The Late Great Johnny Ace"

最初の2節が1954年、間の2節が 1964年、最後の節が1980年で、その年かあるいは前年の年末に亡くなった 3人のJohn、Johnny Ace, John F. Kennedy, John Lennon でつなげ、それまでの自身の長い音楽キャリアを振り返る小品だ。

それぞれの行末で巧に韻を踏みつつ、テンションが効いた陰影ある和声進行とメロディに自然に合う詩による鮮やかな情景の描写も見事だ。

※digital 配信版の Hearts and Bones には、original acoustic version が収録されている。デモだろうか、Johnny Ace の亡くなった年を1956年と誤っている。セントラルパーク・コンサートでの初披露より前の録音だろう。ギター1本の弾き語りで聴きごたえのある演奏だ。

それにしても J.F.K.のことに触れながら、なぜJ.F.K.が暗殺された1963年ではなく、"Year after JFK" 1964年を選んだのだろうか。韻を踏む都合かもしれないが、今回、この記事を書いていて、ポール・サイモンにとってはもう一つ個人的な深い理由があって 1964年でなければならなかったのだと思い到った。

「1964年恋人とロンドンに住んでいた」とある。

1964年といえば、 "The Paul Simon Song Book" のリリースの前年で、S&Gとしては最初のアルバム "Wednesday Morning 3 A.M."がリリースされた年だ。恋人とはもちろん、 "Kathy's Song" の Kathy だろう。

1963年では、自身の思いの情景と状況を重ねるには早すぎて具合が悪い。1965年では J.F.K.から離れすぎる。個人的な思いをかぶせつつ、歴史的事件とつなげるには、year after J.F.K. 1964年しかない。

そのように思いを馳せて、あらためて "The Paul Simon Song Book"を聴き直し、そしてまた、この"The Late Great Johnny Ace" を聴き、そして、最新のアルバム "Seven Psalms" を聴くと涙がこぼれそうになる。


"the music was flowing amazing and blowing my way" という簡単な一行がいかに多くを語っていることだろうか。



■ 関連 note 記事
Paul Simon の記事は、アルバムごとに思いのたけを綴っていく予定だ。おそらく多くの記事が、軽く5000文字超、しかもそれでも語り足りない、そんな個人的な記事になるはずである。

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