#1 卒展で夢を考えた話

 とうとう卒業制作展の日となった。否、今週の火曜から既に始まってはいたのだが、今日が当番の身となって改めて「卒展の日」を感じたと言った方が良いかもしれない。

 10時の開場早々にちらほらと来客があった。連絡ミスでそもそも準備が追いついておらず、特に展示用動画の再生に手間どった。
「音が出てないよ!」
友人の焦る声を右耳に聞き、タブレットの1つを起こした私はすぐさまそこに駆け寄る。
「どうした?」
「起動音とかはするんだけど、動画の音声だけが流れないの。」
 違うコースの作品説明ならまだしも、使用しているタブレットの不具合を直すような知識は無かった。何とか再起動を試したり音量を調節したりともだもだしていると、奇跡的に音声が流れた。タップしたチェックマークに何の意味があったのかは判らなかったが、無事に展示できる事に胸を撫で下ろした。

 卒展のDMや全体で使用した展示パネルやキャプションは、全て私が担当していた。来場して下さった体育の先生に、
「涼崎は何でもやるんだなぁ」
と驚いたような表情で褒めて頂いた。
 同じくアニメーションを展示していた友人に、
「どのアニメも良いけど、夢士ちゃんのは可愛いし感動できるよ!すごいよ!」
と言って貰った。お世辞かもしれないが、それでも心から嬉しく思った。


 昼ごろ、70代くらいの夫婦が来場された。
「ご来場ありがとうございます。もしよろしければこちらにご芳名をお願い致します。」
 その夫婦はゆったりした足取りでぐるりと展示を眺めていた。時折作品を指差して何か話したり、まじまじと見つめたりして、そのうちまた受付に戻ってきた。
「ありがとうございました」
さようならに代わり、お礼の言葉を述べる。男性の方が朗らかな笑顔を浮かべながら尋ねた。
「君たちは将来どんな事をするの?進路は決まったの?」
受付にいた私も含め3人でそれぞれ答える。
「僕は大学進学で、ゲームの制作に関わる仕事をしたいです。」
「私は就職です。絵は趣味でやっていこうかと思っています。」
「私も進学です。デザインの学校で、将来はイラストレーションやグラフィックデザインの仕事をしようと思っています。」
 そうかそうか、とにこやかに頷いていた男性は、表情を変えずに言った。
「それは難しいねぇ!食べていけないよ。」
思わず一瞬固まったものの、すぐに「狭き門ですからね」などと笑った。

 イラストレーターやデザイナーといった職業の厳しさは何となくだがわかっていた。娯楽を職業にしようと思うと、需要と供給のバランスが成り立ち難い。夢見る人間が多過ぎるのだ。私もその一人ではあるのだが……
 男性の一言はその不安を真っ直ぐに突いていた。故にたじろいだ。知らないふりをしていたい甘さがどこかにあったのだと思う。それでも私はその瞬間に「夢を諦める」という選択肢が浮かばなかった。そもそも諦める必要を感じなかった。

 考えれば、これまで色んな事に見切りをつけてきた。運動神経がすこぶる悪く、体育の成績の向上は諦めた。ある年の担任とソリが合わず、しかし怒られるのも嫌でやむなく彼女の独裁に平伏した。ポケモンのレベル上げが苦痛で従兄弟に丸投げしたら四天王まで全クリした状態で帰ってきた。しかし絵だけは、幾ら下手でも描くのをやめようとはしなかった。「下手だなぁ」と言いながら色鉛筆をぐりぐりと塗り、「難しいなぁ」とアクリル絵具をペタペタと乗せ、「どうすれば良くなるんだろう」と透明水彩をぴちゃぴちゃ溶いた。

 一つの事柄に執着するのはあまり良い事ではない。その柱が崩れたときに、他に頼れるものが無くなってしまうからだ。私にとって「絵を描く」という行為は、自分の中で屹立した柱だ。しかし盲目にならずとも、その柱を頼っていきたいと思う。その柱が、人生で1番丈夫に思う。例え仕事にならなくても、人生を豊かにしてくれる確信があるからだ。ただの夢ではなく、将来のビジョンの中に組み込まれた目標になりつつあるのだ。


 「それじゃあね。」
 夫婦は軽い会釈をして帰って行った。終始にこやかにしていたので、きっと展示は楽しんで頂けただろう。
「ありがとうございました。」
 再度そう言って、深く礼をした。明日は最終日だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?