仙台散歩 工業団地にある書店

「伊達政宗」って、結局何をした人なん…?

辛く長い夜行バスの苦行ー経て、仙台の街に降り立った僕はずっと考え続けていた。仙台駅近辺はとにもかくにも伊達政宗推しが激しいのだ。そこかしこの店やらポスターやらに伊達政宗という文字列が踊っている。ゆるキャラなんぞも跳梁跋扈している。

もちろん僕としても仙台に来る前にある程度は伊達政宗について勉強してきている。観光っていうのはその土地の歴史やらを少し勉強してから行った方が楽しめる、という一般常識くらいは身につけているのだ。だから伊達政宗について一夜漬けの知識も身につけた上で仙台まで来ているのだ。だがその上で思う。

伊達政宗って何なん…?

戦国時代にいろいろわしゃわしゃして頑張ってきて凄い人だったんだなあ、というのはわかる。わかるけども、こんなに街を挙げて推しまくることもないんじゃないの? と思ってしまうのだ。

僕が住まう亀有近辺はなんか古墳が出てきたり城跡があったり、とやたら歴史上の遺跡が多い地域であったりする。意外と凄いところなのだ。凄いところである以上、凄い人もいっぱいいたのだ。だがどうだろう。あの辺りで特定の歴史上の人物を推したりしているところを見たことがあるだろうか。寡聞にして僕は知らない。亀有駅前にはこち亀のキャラクターの銅像が立ち並ぶばかりだし、先ほど言った古墳に関しては「あ? 古墳? 知らねえよそんなの。なめんな」ということでぶち壊して大きな大きな道路を造ったりしている。そんな街で生まれ育った僕が、仙台の異様なまでの伊達政宗推しに面食らってしまうのは致し方ないことなのかもしれない。きっとこうやって地元の歴史を「いいよね」と思いながら生活したほうが豊かな人生なのだろう。人格的にも経済的にも貧困のドン底を歩む僕からしたら羨ましいかぎりである。とはいえ、今さら生き方などそうそう変えようもない。夜行バスで到着したばかり、まだどこの店も開いてない空白の時間に伊達政宗騎馬像などを見上げて「ほー」とアホみたいな感想を抱いていた。
なんだか遠く(言うほど遠くもないんだが)までやって来た実感が湧いてきた気がする。

伊達政宗騎馬像なんかはドラクエウォークのスポットだから訪れたにすぎないので、実はどうでもいい。さっさとイベントをこなして、とにかく仙台の街を歩く。歩く。歩く。
前にも書いたが、僕の「観光」はとにかく歩きまくる。電車やバスなどで移動することはあまりない。それはお金の問題が一番大きいのだが、僕はとにかく知らない街を闇雲に歩くのが好きなのだ。それも観光地ではなく、何の変哲もない街をただただ歩きたい。伊達政宗などに用はないのだ。とりあえず、海のある方向に向かって歩いてみる。


仙台の街を2時間も歩けばわかることがある。「仙台平野」とは言うが、マジで平野である。この街には坂や起伏がまったくと言っていいほどない。僕も一応は東京の人間なので関東平野の住民なわけだが、東京は意外とけっこう起伏がある。亀有近辺はもともと湿地だったのを埋めて造ったところだから起伏はないが、少し離れればけっこう坂がたくさんあったりする。でも仙台は本当に起伏がない。ただただ平坦な道がいつまでも続く。こういう場所での津波だったのか…と12年前の出来事を考える。仙台にいる2日間で震災関連の施設は何ヶ所か訪れているが、そこに展示されている写真等と、自分の目で見た街の景観のあまりの落差に今さらながら心が痛む。


仙台駅から歩きまくること1時間すこしくらいだろうか。眼前にあるのは「仙台工業団地」の看板。まず間違いなく「観光客」が来る場所ではない。もちろん僕はここに来るつもりで来たわけでもなく、ただそこかしこの神社に侵入して絵馬を盗撮するのを繰り返していたら迷いこんでしまったのだ。せっかく迷いこんだ以上、ここにも侵入しないわけにはいかない。工場で勤めていた経験もあるから仕事で工場に行くのは苦痛で仕方がないが、労働に無縁なただの散歩者として工場を外から眺めるのは大好きだ。誰かがどんなに過酷な労働に喘いでいたとしても僕の胸はまったく痛まない。その顔に微笑みさえ浮かべることができる。僕は自分の痛みにはめっぽう弱い雑魚であるが、他人の痛みに関してはめっぽう強い酷薄な人間なのだ。
なんてことはない工業団地。みんながみんな労働をしている。それを僕は働きもせず呑気に眺めている。
なんという至福な時間だろうか。
そこかしこの工場を覗き込んではひとしきりニヤニヤしてフラフラ隣の工場に移動する、という不審者丸出しの徘徊を楽しんでいると看板が見えてきた。工業団地の地図が載ってるみたいだ。




「どれどれ、意味もなく地図でも眺めてやろうかな」とブツブツふざけきった独り言を言いながら地図を見ていると、なんかこの工業団地には「書店」が1軒存在している。「万代書店」という店だ。周りに工場しかないこの場所にポツンと佇む「書店」、気になる。気にならないわけがない。どんな本が並んでるのか。慌ててググってみたが、同じ店名の書店は見つかるものの工業団地内の「万代書店」はグーグルマップに出てこない。余計に気になる。幸い、地図を見る感じだとそうそう遠い場所ではなかった。これは見ないといけない。僕はいそいそと万代書店へと向かった。



閉まってます。朝9時だから、とかではなく本屋さんっぽい感じもしない。なんだかやけに郵便受けが可愛らしいのが印象的だが、それでもやっぱり本屋さんの雰囲気すら感じられない。
今営業しているのかどうかは知らないが、とにかくこの工業団地には本屋さんがあった(もしくはある)。僕は本屋さん巡りが一種の趣味にさえなってる人間なのでなんだか嬉しくなってくる。
ここの本はどんなラインナップなのだろう。やっぱりあれか、『季刊 ねじ』とかそういうのがあるのだろうか。それとも普通に鬼滅の刃とかのベストセラー本が並んでいるのだろうか。そういえば昔勤めていた工場では「お前、そんなのどこに売ってんだよ」とドン引きするような奇妙なエロ本をいつも持ってるヤツがいた。もしかしてここか? ここに売ってたのか? 想像は膨らむばかりだ。
いつ開くかわからない、いやそもそも開くかどうかもわからない書店の前で開店待ちまでする気はさすがに起きない。後ろ髪を引かれる思いで僕は万代書店から立ち去った。


工業団地を去り、その後また数時間歩いて仙台うみの杜水族館に行きイルカショーを堪能するなどしていた。そこからはさすがに電車で仙台へ戻ったが、この1日で5万歩以上は歩いている。さすがに足が棒だ。とはいえ、翌日も普通にそれくらいの歩数を歩いていたのだが。
これだけ広いところで君臨してた伊達政宗ってやっぱすげえのかも。そう心を改めはしたが、朝にチラ見してすぐ通りすぎた伊達政宗騎馬像をもう一度観にいこうという気にはなれなかった。

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