働くということ

たまには贅沢がしたいなあ。そんなことを思い近所のまいばすけっとでラクトアイスを買った時のことだ。店の出入り口近くのラックに無料の求人誌が陳列されているのを見かけた。それをなんとなく手に取り、ラクトアイスとともに雑にリュックに放り込む。別に転職を目論んでいるわけではない。会社の机の引き出しにあとは日付けを記入すればいいだけの状態にしてある退職届(堂々と仕事中に雛形をプリントアウトして作成したもの)を入れてはいるものの、とりあえず現時点で今の仕事を辞めるつもりはない。辞めたくて仕方がないのも事実であるがまず転職活動がめんどくさい。そして何の取り柄も資格もなく無駄に歳だけを重ねてきた上に人格にも多々問題を抱えている僕はきっと転職先も見つけられない。よしんば見つかったにせよ僕なんかを雇う企業に先などあるわけはないから絶対にすぐに潰れるし、そんなところはどうせ令和の御代にあるまじきブラックな体質だったり反社会的な事業を営んでいたりするに決まっている。それがわかっている以上、朗らかに転職活動をすることなどなかなかできない。そんなこんなで現時点で転職を考えていない僕は求人誌になど用事はないのだが、単純に求人誌を眺めるのが僕は好きだ。そういえばここ数年はゆっくり求人誌を眺めたりしていないな、まいばすけっとで求人誌を見た時にそんなことをふと思ったのだ。
無料なのだから堂々と貰っていけばいいのだが、なんでか店の中にあるものをお金を払わずにリュックにいれるのは気が引ける。ついついリュックに入れる際にもとりあえず周囲をキョロつき店員がこちらを見ていないのを確認してから入れる、という不審極まる挙動が出てしまう。この妙なスリル感みたいなのも無料求人誌の楽しみの1つである。無事にこれをパクることに成功したので、あとはこれを家に持ち帰りラクトアイスをパクつきつつじっくり読み耽るだけだ。

手に取った時から気づいてはいたのだが、この無料の求人誌、ていうかタウンワーク、年々薄くなっていっている。昔はもっと分厚くて読み応えのあるものだった。そして中には訳のわからないものもたくさん掲載されていたものだ。僕が高校生の時には「何かしらの名簿を持ってきたら1人につき〇〇円」なんていう完全にアウトなお仕事も載っていた。報酬に目がくらんで乗り気になっていた僕をぶん殴って止めてくれた友人に今は感謝をしている。当時の僕がもっとも好きだったのは治験募集だった。その高額の報酬から「いつかやってみたい」と胸をときめかせていたものだが、ついにその機会は訪れなかった。治験と言えば聞こえはいいが言い方を変えれば普通に人体実験である。報酬だけでなく、そのグレーな感じにも僕はドキドキしていた。この手の人体実験は、はるか昔は東南アジアなどの物価の安いところに行って求人をしたり製薬会社の社員に半強制的にやらせていた時もあるという。それがいつの頃からか貧乏学生を募集するようになったそうだ。多少マシにはなってる気がするがやっぱり人道に反してる感はどうしても否めない。たとえば議員の息子とかは絶対に治験のバイトなんかはやらないはずだ。もちろん議員の息子も治験の結果の恩恵は受けるわけだが、彼は治験はやらない。そのあたりにすごく不公正感を抱いている。
さて、僕が持ち帰ってきたタウンワークの本文はペラ12枚。昔が何枚だったのかは数えてないのでわからないが、おそらく3倍くらいはあった気がする。数年後にまた機会があれば数えてみたいところだ。
とりあえずパラパラとめくってみる。するとあっという間に終わってしまうわけだが、また1ページ目に戻り今度はじっくりと1つ1つの求人を腰を据えて吟味をしていく。ここからがタウンワーク遊びの本番だ。

本当にバイトを探している時のタウンワークははっきり言ってゴミだ。学生時代はたしかに幾度となくお世話になったが、お賃金や仕事内容などを検討して自分でもできそうなものをピックアップするとほぼ何も残らない。こんなにたくさん求人があるのに僕が必要とし僕を必要と思ってくれそうなところは全然ない…これは心の雲行きも怪しくなる。「俺の存在意義とは…あたしの存在価値とは…」となって悲しくなる。
だが転職活動など考えていない状態で読むタウンワークははっきり言って楽しい。お賃金も仕事内容も検討する必要がない。自分にできそうとか必要としてくれそうとか、余計なことは何にも考えなくていい。これなら心は雲ひとつない晴天だ。そして1つ1つの求人を眺めながら自分が選ばなかった人生、自分が選びようもなかった人生をただ思い浮かべているだけでいい。その時間はなんだかすごく楽しい。これがタウンワークの醍醐味なのだ。


なんでお前たちは「パチンコ」を平仮名の「ぱちんこ」と表記しながら「パチスロ」は片仮名で行こうと決めたんだよ…とモヤモヤすることこの上ない、なんだか不穏な気配の漂う求人である。仕事内容を読んでもなかなか「表彰」や「成果」の姿が見えてこない。事前のチェックでそんなに不具合とかって見つかるものなの?
とりあえずこの仕事に就いている自分を想像してみる。来る日も来る日も日がな1日中、音はミュートにしているにしてもなんだか騒がしいパチ動画を見続ける日々…向き不向きはけっこうありそうだ。そしてきっと僕は圧倒的に向いていない。はじめの1ヶ月くらいは真面目にやるだろうが、やがてほとんどパソコンの画面を見ることもなく「うん、異常なし!」と断言するのが常態となるだろう。なんなら仕事中にコソコソ飲酒さえしかねない。もちろんその後に不具合が見つかりまくり僕の信用はどんどん損なわれていく。でもこの求人を見る限り、僕だけでなくおそらくそんなやつばっかりなんだろうな…という気もする。
子どもの頃、テレビで流れていたドモホルンリンクルのCMを思い出す。なんかお肌とかに良さそうな液体が1滴ずつポタポタと落ちてくるのを女性がたじろぎもせずにじっと見つめ続けるというあれだ。あの仕事ほど過酷なものもそうそうないであろう。それができるあの女性ならこのパチ動画チェックだってなんなくこなすのだと思う。あのお姉ちゃんは目がすごく綺麗だったし美しい方なのだと思うのだが、心にすごい闇を抱えているのではないかと心配になってしまう。人生によほど膿み疲れ絶望していないとなかなかこういう仕事はできない。僕はまだまだ修行がたりないが、いつかはそんなお姉ちゃんたちと一緒に働き、勤務後などにお話を伺わせていただきたいものだ。


オイルを塗るだけ!
こんな惹句に惹かれて実際に働いてみたら実は…。そんな体験を僕は何度もしてきた。「〜〜だけ」というのは最も使い古されてきた騙し文句の1つだ。たいていの仕事っていうそんなに楽じゃない。「いるだけ」「寝てるだけ」でも勤まってしまっている政治家という職業もあるがあんなのは例外である。たとえ「塗るだけ」が事実だとしてもそれはそれでいろいろ難しかったりするものだ。「超カンタン!!」にしたって同じだ。お前にとってはそりゃあカンタンなのだろう。だが僕の手先の不器用さは人知を超えている。人がカンタンにこなすからって、僕もカンタンにこなせるなどと見くびらないでほしいものだ。そうやって「カンタン!!」などと「できて当たり前でしょ」感を出そうものならそのプレッシャーは僕の不器用さをさらに強固なものとする。もはや断言する。この仕事は、絶対に僕にはできない。
とりあえずここで働く自分も想像してみる。おぼつかない手つきでペタペタとオイルを塗りたくり満足している僕。しかし先輩&上司方は何が気に食わないのか何やら僕を怒鳴り散らす。手順がどうこう塗りムラがどうこう。僕は慌ててまたオイルをピチャピチャやるが皆さまの怒りはどんどん沸騰していくばかり。もはやオイルを塗ってるのか涙を塗っているのかわからない体たらくになった挙げ句、僕は職場から逃げ出すことだろう。
想像なんだからもっとプラス方向に考えたいがどうもうまく思考がそちらへ行かない。テキパキとオイルを塗っている自分、がなかなかイメージできないのだ。イメージすら抱けないのだからやってみてもうまくいくわけがない。


女子寮のスタッフ。
もちろん男の僕が応募するわけはないし、応募しようとも思わない。応募したところで採用されるわけがないことも常識としてわかっている。
だが…世の中にはいろいろな人がいるものだ。こういうのに応募しちゃう男性、というのは一定数いる。
僕の友人で人材派遣会社に勤めていた(すぐ辞めちゃったが)やつがいる。その友人に聞いた話だ。そいつが言っていたのは上記の求人と同様、女子寮のスタッフの求人をかけた時のことだ。どこかの企業の女子寮だったと記憶している。
求人をかけてすぐ、そこに送られてきた履歴書はすべて男性のものだったそうだ。それも20歳そこらのバカガキではない。けっこういい歳、50くらいの男性のものが多かったそうだ。中には「元自衛官」なんてのもいたという。
元自衛官の屈強な男性がスタッフとして勤務する「女子寮」。そこに入居している女性たちは気が休まることはないだろう。今回の募集はベトナム人技能実習生の寮なので、下手をすれば国際問題になりかねない。そしてこの元自衛官は間違いなく下手をする。「天皇陛下万歳!!」などと愚かなことを叫びながら全裸で入居者の部屋に突入、首尾よく強奪したパンティーを頭に被って往来に飛び出し雄叫びを挙げているところを110番通報を受けて駆けつけた警察官に現行犯逮捕される、みたいな凶悪事件が起こるのは想像にかたくない。
この元自衛官はどんな夢を抱いて履歴書を送ってきたのだろうか。詳しく聞いてみたいところではあるが、詳しく聞いたところでだいたい想像通りの答えが返ってくるという確信もある。つまんないエロ漫画を現実にしたい、その意気は買うがエロ漫画の世界はエロ漫画の中だけで完結しておいた方が良さそうだ。

タウンワークの中にはいろんな仕事がある。仕事の数だけ人がいる。自分にはできそうにない仕事、自分にもできそうな仕事、ちょっとやってみたい仕事、絶対にやりたくない仕事…。
その1つ1つに自分を当てはめてみるという遊びはけっこう楽しい。想像をたくましくして自分が選ばなかった人生を思い描くことである種の現実逃避にもなる。
気づけばさっき買ったラクトアイスは食べ終わっていた。頭ばかり動かしていたせいでその味もほとんどわからなかった。
ということでお願いです。僕はまだラクトアイスを、スーパーカップを食べたいです。スーパーカップ代の喜捨をどうかお願いします。下のサポートというところからお金をめぐんでください。よろしくお願いします。

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