八名郡の『三河国内神明名帳』記載26社
八名郡は三河国と遠江国の国境に存在した郡で、現在は愛知県豊橋市、豊川市、新城市にわたっている。
郡名「八名」については、
・八名部が多く住んだことから命名されたとする説
・簗が多く設けられたことから命名されたとする説
等があるが、私は、遠江国に「浜名郡」「山名郡」があるので、隣国である三河国の「八名郡」は「谷名郡」だと考えている。(「弘法大師が掘った「八名井」がある郡」という説もあるが、「八名郡」は、「大化の改新」で誕生した郡で、弘法大師が吉祥山に8つ井戸を掘った前から存在している。)
■『豊橋百科事典』「八名郡(やなぐん)」
八名郡は、「倭名類聚鈔」の三河8郡の1つで、「八名 也名」と表記される。多米(ため)・美和・八名・養父(やぶ)・和太・服部(はとり)・美夫の7郷がある。渥美郡とは朝倉川、宝飯郡とは豊川(とよがわ)で境し、遠江(とおとうみ)国とは赤石山脈の末端を境として、北端は豊川と天竜川の分水嶺まで達する南北に細長い郡である。多米峠・本坂(ほんざか)峠などで湖西市・三ヶ日町と通じる。江戸期の山手道・三ヶ日街道・川添道は,それぞれ現在の愛知県道81号(豊橋新城鳳来線)・国道301号(浜松新城豊田線)・愛知県道69号(豊橋鳳来線)である。明治初年この3線をつなぎ、北部は金指(かなさし)街道(大野本郷間)と結んだものが別所街道(豊橋本郷間)である。
『三河国内神明名帳』は、三河国司の覚書で、八名郡の記載神社は26社である。石巻神社のみが『延喜式』に載っている「式内社」であり、他は平安時代から存在する古社「式外社」になる。
『三河国内神明名帳』記載神社の中には、
・廃絶社になった
・どこかの神社の境内社になった/合祀された
・社号を八幡、稲荷、天王、神明等に変えた
神社もあるらしく、7社の所在が不明である。
大明神十九所
・正一位 石巻大明神 坐 八名郡:石巻神社(豊橋市石巻町金割)
明神二十二所
・正四位下 大伴明神 坐 八名郡:賀茂神社(豊橋市賀茂町神山)の境内社
・従四位下 大蔵明神 坐 八名郡:大蔵神社(豊橋市石巻中山町大山)
天神百十五所
・正五位下 長孫天神 坐 八名郡:長孫天神社(豊橋市嵩山町宮前)
・正五位下 抦(かひ)山天神 坐 八名郡:栖山?勝山?
・正五位下 椙本天神 坐 八名郡:椙本八幡社(豊橋市石巻本町御所)
・正五位下 大坂天神 坐 八名郡:大坂神社(豊橋市賀茂町照山)
・正五位下 大村天神 坐 八名郡:大村神社(新城市下吉田五反田)
・従五位上 河西天神 坐 八名郡:糺神社(豊川市向河原町大柳)
・従五位上 和田天神 坐 八名郡:和田八幡神社
・従五位上 野屋天神 坐 八名郡:箆矢神社(豊橋市石巻本町東屋敷)
・従五位上 佐井天神 坐 八名郡:日吉神社(豊橋市石巻萩平町大門)
・従五位上 蒜生天神 坐 八名郡:蒜生神社(吉祥山→豊川市三上町下屋敷)
・従五位上 舟多(みた)天神 坐 八名郡:舟多神社(新城市乗本長筋)
・従五位上 日女天神 坐 八名郡:比賣天神社(豊橋市下条東町木戸口)
・従五位上 伊智験天神 坐 八名郡:一元神社? 一言主神社?
・従五位上 於神天神 坐 八名郡:賀茂神社(豊橋市賀茂町神山)の境内社
・従五位上 並栗天神 坐 八名郡:双栗神社?投栗神社?
・従五位上 小槻天神 坐 八名郡:医神社(豊橋市石巻中山町大門)
・従五位上 黒田天神 坐 八名郡:諏訪神社(新城市黒田字頼実)
・従五位上 大津天神 坐 八名郡:渥美郡の誤り?
・従五位上 大社天神 坐 八名郡:春日神社(豊橋市多米東町)
・従五位上 神小山天神 坐 八名郡:?
・従五位上 國津天神 坐 八名郡:庭野神社(新城市庭野川大田)
・従五位下 絹束天神 坐 八名郡:篠束神社(豊川市篠束町西宮)
小初位神七所
・御与神 坐 八名郡:五葉(五要、古要、古与宇)神社?
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