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「ヤマト=阿波」の旅の情報(読売旅行)


1.【現地集合発】 人気YouTuber!「ANYAチャンネル」のANYAさんと行く阿波から日本が始まった?説検証ツアー2日間(5/18~19):読売旅行

「邪馬台国って実際はどこにあった?」
いまだ解決をみない「邪馬台国論争」。「畿内説」「九州説」が対立する中、新たに徳島が名乗りを上げました!

また、「古事記」の神話の世界が徳島県に広がっている?
つまり、日本は阿波から始まった?

古代史の検証・考察で人気のYouTuber・ANYAさんと徳島に足を運んで、謎を紐解いていきましょう!

1日目

徳島駅(11:00)==【〇神武天皇ご尊像】==<14.4km>==【〇立岩神社】(金属器の製作にかかわった天津麻羅がご祭神。「八咫の鏡」の伝承。)==<21.6km>==【〇天岩戸 立岩神社】(天岩戸伝説が残る)==<10km>==【〇上一宮大粟神社】(食物の祖神)==<18.3km>==【〇天石戸別八倉比賈神社】(ご祭神は天照大御神。祭壇は“卑弥呼の墓”とか?!)==<10.4km>==徳島市内 ※ご夕食はANYAさんとの懇親会へ。

宿泊ホテル:スマイルホテル徳島

2日目

徳島市内==【〇大御和神社】(阿波古代の祭政の中枢)==<7.5km>==【〇多礽御奈刀神社】(諏訪大社の神様は阿波から勧請された?)==<15.2km>==【〇山崎忌部神社】(忌部とはヤマト王権の宮廷祭祀を掌った名門氏族。)==<6.2km>==【〇天村雲神社】(三種の神器の“草薙の剣”の元の名が天村雲剣。)==<30.6km>==【〇三木家住宅・貢公園】(儀礼で必要な麻の「あらたえ」という反物は三木家によって作られた。)==<44.1km>==【〇倭大國魂神社】(その国の土地の神様を祀る)==<1.8km>==【〇伊射奈美神社】(イザナミを社名とする式内社はここだけ?)==<63.3km>==徳島駅(16:20頃)


 神社巡りって・・・神社は結構、人里離れた場所にあり、バスの本数が少なかったり、バス停から遠かったりで、移動時間が長いです。レンタカーを使うとか、タクシーを貸し切るとかしないと時間がもったいない。
 あと、神社へ行っても宮司さんが不在で、神社について聞けなかったり、ご朱印を授与していただけなかったりするけど、ツアーならそういう心配もありません。しかも、ANYA先生が同行して下さるって・・・移動時間にお話を聞けるだろうし、もう参加するしかないでしょ。
 バスツアーは1泊2日・・・1日では回れないのか・・・ついでに剣山へも行くのなら2泊3日だな。


2.【現地集合発】 人気YouTuber!「シン・きー歴史沼チャンネル」のきーちゃんと行くアーク伝説ゆかりの地と霊峰・剣山山頂大祭(7/16~17):読売旅行

いろんな神秘的なものが発掘されたという剣山。ユダヤの三種の神器がアークに納められて、剣山に運ばれた?
やはり「失われたアーク」はここに眠っているのでしょうか?
人気YouTuberきーちゃんと現地に足を運んでみましょう!
剣山山頂大祭の神輿がアークの形に似ている?!
ご神体を乗せて山頂を練り歩く「剣山山頂大祭」を見学!

1日目

徳島駅(11:00)==車内でお弁当のご昼食==<57.7km>==【●三木家】(太古から天皇即位の儀式「大嘗祭」で着用する「麁服(あらたえ)」を献上してきた一族。28代目の現当主の講演。)==<20.1km>==【〇磐境神明神社】(建立は1,000年前。稀な形状をした神社で、ユダヤの礼拝所と酷似した造り。)==<25.1km>==【〇西照神社】(神代時代より神の発祥地として有名な総本宮。)==<19.2km>==美馬市

宿泊ホテル:清月屋敷

2日目

ホテル(6時~6時30分出発予定)==リフト見ノ越駅+++リフト(所要時間約15分)+++リフト西島駅・・・【〇剣山本宮宝蔵石神社】・・・【〇剣山頂上】(大祭=10時~、神輿=11時~。お弁当のご昼食。)・・・遊歩道(約80分)・・・【〇鶴岩と亀岩】(動揺「かごめかごめ」の歌詞に隠されたイスラエルとのつながりが。)・・・【〇二度見展望所】(剣山と次郎笈を一緒に眺望できます。)・・・リフト西島駅+++リフト(所要時間約15分)+++リフト見ノ越駅==徳島駅(16:20頃)

※「キー歴史沼チャンネル」終了><

※「シン・きー歴史沼チャンネル」スタート!


■昨年の山頂大祭

「日本三霊山」とは、
・富士山(静岡県~山梨県)
・立山(富山県)
・白山(石川県~岐阜県)
の3山で、さらに
・大峰山(奈良県)
・釈迦ヶ岳(奈良県)
・大山(鳥取県)
・石鎚山(愛媛県)
の4山を加えたものが「日本七霊山」(「七霊山」「七霊峰」とも)である。剣山は入っていない。


 「立石山」、または「石立山」と呼ばれていたが、安徳天皇が「三種の神器」の草薙剣を山頂に埋めて以降、「剣山」と呼ばれる霊山(修験道の行場)である。異説としては、「かごめ歌」の由来である鶴岩と亀岩があるので「鶴亀山」と呼ばれていたという。

 剣山に「失われた聖櫃(アーク)」が隠されているとして、大正時代、神輿をアークに見立てた「神輿渡御」が始められた。今で言う「まちおこし事業」である。実施日については、冬は無理(冬山登山は危険。観光客が使うリフトも4月中旬~11月30日の営業で、冬季は休業)なので、夏のいつがいいかと話し合われ、ノアの箱舟がアララト山に漂着した7月17日に設定した。この初期設定は結果的に成功している。

 残念なのは、神輿を担ぐ掛け声が、ヘブライ語の「ワッショイ」ではなく、修験道の「六根清浄」であることである。これは初期設定のミスか?


■欠史八代

■参考文献


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