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映画の感想/すずめの戸締まり

行った

11月11日に公開されたばかりの、新海誠監督のほかほかの新作だよー!
公開直後に日比谷に行ったら映画館前が大変混んでいたから、そういえば公開されたばかりなんだと思い出した。
公開前からちらほら話題を目にしてはいても観る予定はなかったのだけれど、友人から強くおすすめされて、ほんじゃあ行ってみるかと映画館へ。事前に空席状況を調べたら、2時間後の回が既に8割くらい埋まっていた。席選び放題じゃない映画って久し振りかも。すごいや。
ネタバレし過ぎない程度に感想を壁打ちしていきます。

観た

鈴芽は夢や友達、感受性を人並みに持っている普通の女の子で、特別ではないかもしれないが穏やかな生活を送っている。震災を経験して母親を喪った当時感じたことは記憶に残っているだろうに、塞ぎ込まずに生きてこられたのは環さんが相当大事に育てたんだと思われた。
そんな普通の鈴芽が躊躇なく無謀な旅に出られたのは、その環さんへの気遣いから自分自身にかけていた箍が一気に外れたようなものなのかもしれない。
「環さんの大事な時間を奪っちゃっているのかも」と呟いていたように日頃から自分の存在が迷惑をかけているとは思っていただろうし、それを覆すために良い子として振舞ってきた側面が伺える。
旅に出てからの鈴芽は普通の生活からは遠ざかる一方で、度々命を危険に晒しながらも知らない街を巡って新しい出会いを経験することが楽しそうだった。特に、中学校の後ろ戸を閉じた時に目を輝かせて言った、「私たち凄くない!?」から大役を成し遂げた喜びを感じる。それは役割を知り、年齢に伴った落ち着きと明るさを持ち合わせる草太が一緒にいる安心感がもたらしたように見えた。
草太に過去を救う機会を与えられた鈴芽と、お役目のことを理解した鈴芽に力をもらった草太。お互い自然に、この人を大切にしたいと感じていくんだろうな。

鈴芽と草太が探し歩いた「後ろ戸」は、かつて多くの人が出入りし、そして朽ちて忘れられゆく場所に現れる。
噴出するミミズは、また来るよ、ここが好きだよ、忘れていないよ、といった気持ちによって鎮められていたものが解き放たれて暴れだすようなイメージを抱いた。もちろん、多くの事象が調査されている現代ではそれがプレートのずれによるものだと判明している。しかし、神様やお化けや念といった超常現象的存在を微妙に信じている自分は、物事の奥底には説明のつかない力が働いている可能性を捨てきれない。

鈴芽のことを気に入ったダイジンは、姿を変えられた草太曰く神だとのことだが、善悪の区別がつかない無垢な子供のようでとても権威あるようには見えない。しかし、羊朗が敬意を示している姿勢を見ると神としての力を大いに振るっていたことがあるのだろうか。もしかしたら鈴芽たちのように、いつか羊朗と共に後ろ戸を巡っていたりして。劇中では語られない背後がありそうな存在だ。スピンオフ小説出ませんか?

ところで、宮崎へ戻る時に鈴芽たちが土産菓子をたくさん持っていた。正直お土産文化ってちょっと面倒だったけど、行った土地で見たもの感じたことを人にお裾分けしていると捉えれば、少し気持ちも丸くなる。美味しいお菓子は好きです。


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