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呪いの古銭(二次創作)

カラン、コロン…………
ドアを開閉時鳴る鈴の音を耳にして、書物から徐に視線だけを上げて、来訪者を見た男は、目を驚愕の形に見開いた。
入店してきたのは、確かに人間だったからだ。
その様子を見て何かを察した青年は、口端を歪ませて笑った。丸眼鏡の向こうの奥二重だがパッチリとした目がチシャ猫のように弧を描く。
「おやァ、随分な、驚き様ですね」
後ろ手でドアを閉めて青年は内部を見回した。
「九泉さん……でいいですかな?」
青年に名を訊ねられ、ハッとして店主らしき男は書物を閉じて椅子から立ち上がった。
「いえ、それは店の名前であり……私は黒子と……」
未だ幾分かの動揺は抜けていないが、気になる点があって青年と会話することにした。
「くろこの文字はアノ黒子で合っていますかな?」
「ええ」
頭の回転の速さに黒子は感心した。
青年は悪戯な笑を和らげ「ふむ」と頷き、「なかなか良い店ですねえ」と黒子とテーブルを挟んだ距離まで近づいてきた。
「失敬。俺は純一朗。おそらく完全なる一期一会になるであろうから姓は名乗らんで良かろう?まぁ事と次第には依るだろうが」
黒子は核心の淵に既に相手から寄せてきたことに「そうですね」返しながら、純一朗は何者なのかと疑問を抱いていた。
「黒子殿……ここは、あの世だろう?」
「────!!」
息を飲む黒子を見つめて純一朗は「俺は、一度来たことがある。まあ、詳細は後回しだ。……まずは、コレだ」着物の袂から銭(ぜに)を一枚取り出し、黒子の前に置いた。
江戸時代の古銭の真ん中の穴を通し短く結び止めた紅白の紐は場違いな程新しくまだ綺麗だった。
純一朗は入店以来の緩慢な口調で話し、古銭を長い指で差した。
「ここら辺は偶に来るが、落ちてたコレを拾いぶらぶら歩いていたら、おや不思議。こんな見たことの無い店が気付けばあった……というオチでな、俺のほうは。そしてコイツ……歩きながら調べたら紐の間に髪の毛が共に編んであるのだよ」
「……え?」
言われて黒子は古銭を摘み上げ、両手の指を使い銭を見て紐を確認した。
「あ……」
紐に混じり、数本の髪の毛を視認して小さく呻いた。
「他者を呪うとき、髪や爪などを使う。と詳しい知人に聞いたことがある。そういうモノ、だろう?」
「そう、ですね」
「ここが現れたということは、呪う相手先に持って行く途中落とした……おっちょこちょいさん、というあたりだろうかね?呪いの効果が無いなら、九泉に辿り着かない」
目を細めて小馬鹿にした口調には黒子は貴方にでは?と、珍しく皮肉を言いそうになり飲み込んだ。
「今、俺と思ったか?あり得ないがね。で、ソレどうします?」
こうも思考をさっきから全て読まれているような目の前に居る不思議な青年に、一瞬眉を寄せ観念して小さなため息を吐き、「貴方が拾い、ここに導かれたならば、確かに呪いの相手は別ですね。大丈夫です。私のほうで対処致します」古銭をテーブルの端にそっと丁重に置いた。
にゅっと小さな手が伸びてきて古銭を素早く握り、すと引っ込んだ。
「気配は気付いていたぞ」
純一朗はクツクツとさも愉快というふうに嗤った。
「それにしても紅白紐で縁起良く見せておいて呪いとは、碌でもない人間だな。人を呪わば穴二つ、覚悟無しなら余計に」目を伏せつぶやいた後、「して、お代は?……普通の金では解決せんだろ?」顔を上げ黒子を見てきた。
「……そもそも……普通、一般人が訪れるのが稀でありまして……」
黒子は返答に窮してしまう。おそらく、学生風の格好をしているため自分より確実に年下の青年相手に、これほど梃子摺るとは様々な不可思議な体験を経験しているというのに、ペースは入店時から青年に掴まれたままだ。
「良し、では、俺の魂はどうだ?」
「ハッ!?あ、貴方の魂……?」
思わず素っ頓狂な声を上げた黒子を笑うことなく、至極真面目な顔で「そうだ」ひとつ純一朗は頷いた。
真面目な風貌は長身もあり、好青年に見えた。
「黒子殿、先ほどから疑問に思っているだろう?俺を、紐解こう。実はな……此れは俺の身体ではない。弟の物だ」
純一朗は胸を指差し言った。
「俺は東京の大地震の傷が原因で死んだ。……弟があまりにも哀しむし、俺も弟が心配でな……。気づいたら弟の中に居た」
次は頭を指した。
「た、多重人格……?否、乖離……」
「ほう!進化した世界ではそう言うのか!……人の脳は不思議なものよなァ」
微笑み純一朗は若白髪混じりの髪を掻き上げた。若いなりの苦労が垣間見えた気がした。
「幾ら呪いの物を拾ったからと言い、普通では入れん場所……俺の魂に入れ替わっているから入れたわけだ。しかしながら弟の人生なのでな。今直ぐという訳にはいかんのだ。そこで、契約をと思ってな」
「契約?」
「九泉は本来、そういう場所なのだろう?書物の類いもそういうモノばかり。……専用の紙と書く道具あるのではないか?」
純一朗は両手を開いて出した。
「──っ!!只今」
先ほどの純一朗の発言と謎を一気に理解した瞬間、黒子は道具を取りに一旦足早にその場を離れた。

そう……よろずや九泉は、この世にあらず
訪れることができ、店を認識出来るのは、人ならざる者のみ
しかし、一度死した魂を持つ故に、偶然入店できた青年……

戻ってきたとき、椅子に座り黒子の読みかけの書物を手に見下ろす純一朗の今にも泣きそうな薄い笑みを見て黒子は嗚呼……と心の中納得した。
この子は生きたかったのだ。勉強をまだまだしたかったのだ。きっと学業も運動も出来た子だったのだろう。
「来たか」
顔を上げた純一朗は「ちと小難しいが、ざっと文字から推測するに、これも呪い関係だな」呪物の文字をトンと軽く指して、書物を黒子の方へ戻してきた。
「ッええまあ。では、こちらに……姓名を……」
「フルネーム、というやつだろう?」
黒子が目の前に置いた小筆に墨を付けて、半紙に名前を書いていく。
「つかぬことをうかがいますが、純一朗さんは生きておられたらお幾つなんですか?」
間を埋めるため、それとなく訊いてみる。
「29かな。書生をしていた。大地震前には辞めて職に就く予定を立てていた。いつまでも遊んでられんからな」
書生……関東大震災のことだとしたら、大正末期から昭和初期に生きているのか……。
「なるほど。あの、訊ねておいてなんですが……」
「喋り過ぎると、情報が出てしまうぞ?かね。それはどうかな?侮ることなかれ、俺は莫迦じゃない。賢くもないがな」
入店時に近い悪戯な笑顔を作り、純一朗は筆を置き、道具を黒子の方へ押した。
「達筆ですね」
丁寧な事にふりがなまで書いてあった。
「そうか?弟のほうが上手い。兄だから褒めるのではなく」
スンと鼻を鳴らして眼鏡を直した。
「純一朗さんの、その、口調は……」
道具を片付けて質問する。
「死ぬ前はごく普通だった。今はこれじゃなければ喋れんのだ。滑稽だよな」
「そうすることで……貴方自身や弟さんを守ろうとしている、のだと思います」
「そういう説か?なかなか面白い考えだ。知識量の勝る黒子殿が言うなら、あながち間違いは無かろう。気に入った」
椅子を立ちながら、その日ははっと純一朗は普通の笑い声を漏らした。
「弟が天寿全うして、魂の俺と再び会えるか知らぬが……俺は、黒子殿に又会いたいと思う」
「嬉しいです。私も又会いたいです」
差し出された純一朗の手を黒子も素直に握り、軽い握手をした。
「ふむ……。弟の友人がきっと必死に探しているのでな、帰る」
小さく頷き、背を向けて純一朗はドアの前に歩いていく。
「短い時間だったが、世話になった」
「……又、直ぐ再会するなら、呪いの物を拾ってみたり?」
黒子のちょっとの思い付きと言葉を聞いて純一朗は「それは2度とやらん!」ははっと軽快な笑い声を上げ、「邪魔した。達者でな」勢いよくドアを開け店を出て行った。
────静寂の訪れた店内で黒子は半紙の名前を、もう一度見つめた。
「結局、フルネームを知ってしまった」
ポツリこぼした黒子にもう一人の黒子が「見つかって悪用されないように保管しないといけませんね」背伸びをして覗き込んだ。
「黒子ちゃんも、彼を、気に入ったのかい?」
「悪い感じはしなかったです」
それだけ答えて小さな黒子は沈黙した。
弟さんの命が尽きて、もし、再会出来たら……生前の姿で現れて、彼本来の話し方で会話出来るだろうか?
……彼の年齢から弟さんは20代半ばに差し掛かる年齢と推測するに、数十年先の未来のことは、さすがの私にも想像つかないな。
「さて、古銭と……」
黒子は半紙を保管する作業を開始した。
人間の業は恐ろしい。古銭を落とした人物は再び作り、呪いを成し遂げるに違いない。
口を挟めない黒子は、ひとまず持ち込まれた目の前の古銭に集中することにした。

──「……うん、ほほう」
よろずや九泉を出て即振り返ったものの、そこにはもう何も無く、純一朗は愉快そうな小さい笑い声を喉の奥出した。
嗚呼……懐かしかったな……
あの世の、独特な雰囲気。この世と確実に違う大気の質、圧倒的な重い静寂、枯れ草と乾燥しきった匂い……
などと珍しく感傷に浸っている純一朗の耳に聞き覚えある元気な声が入ってきた。
「うああ、居た居た!!啓どこにいたんだよ!?」
純一朗は弟の親友の青波の焦った声に「悪いな。迷子になっていた」半身振り返りにっと笑う。
「純一朗さん!」純一朗を弟の次に慕い、純一朗は弟同様可愛がっていた人物はそりゃあ大興奮して然るべきだ。
「会って早々なんだが、大助、迷子で歩き疲れた。啓矢を頼む」
いつもは交代していてもお互いの諸々はだいたい見えていて把握しているが、今回は稀な回であるため後で説明すると言い残し純一朗は交代した。
「は?え?青……僕……」
「迷子になったのを純一朗さんが疲労担ってくれたんだよぉ!」
状況を理解出来ていない啓矢の髪を乱暴に撫で掻き乱す。
「や、ちょ青やめてよ」
「ん?ん〜?」
行為をやめたかと思うと、啓矢の着物をすんすん嗅ぎだすしまつ。
「な、なになに?」
兄と違い、不安げな面持ちで青波を目で追う。
「文具店とか入ったのかな?古書店かな?そんな感じの匂いするんだ」
青波は頻りに首を傾げている。
「そうかもね。兄さん迷子になって暇つぶしに」
なにか……拾って、あれ?……?
記憶が途切れていて、啓矢は友人の会話に合わせることにして笑顔を浮かべた。
「えええ……それのせいじゃんよ〜、見つけるの時間かかったの」
青はこめかみを抑えて弱く言い、「でも、純一朗さんらしいや」頷きにこにこ笑った。
「匂いに気付く青だって、立派な警察だよ」
「やめろよ。今日折角の休暇なんだ。駆けずり回って汗かいた。向こうにかき氷屋あったから、行こうぜ」
手拭いで汗を拭いてうちわを扇ぐ。
「暑い中ごめん。半分出すよ」
「気にすんな。無事だったならそれだけでいい。お前はぜんざいだろ?こっちだ」
「うん……ありがとう」
啓矢の肩に手を置き、並んでかき氷屋へと歩を進めた。

★登場人物
完全オリジナルキャラ
純一朗(じゅんいちろう)
啓矢(けいや)
青波大助(あおなみだいすけ)
☆スペシャルサンクス
黒子&黒子ちゃん(真実を語る黒子)
ブログ、YouTubeを是非。他には無い物事を扱っていておもしろいです。民俗学や呪物、歴史の中の風習等……

※お持ち帰りは、真実を語る黒子さまのみです。
黒子さまのご意見ご要望によっては、消去する場合があります。

別場所にて上記のキャラを動かしオリジナル作品をリハビリがてら少しずつ書いてます。








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