企画したい本などない

編集がしたいが、志望動機と聞かれると「本が好きだから」「なんとなく合ってそう」としか言えない。そんな気持ちで何十枚の志望動機を書いた。

大手出版社のエントリーシートには「企画したい本のタイトルと内容を書いてください」という欄が結構ある。採用側も意地悪である。こちらは企画したい本なんて1つもないことを知ってるはずなのに。1番欲しいのは「大手出版社の編集者」という肩書である。大手出版社の編集者になって合コンで威張りたいのだ。デートで本屋に行き「このデザイナさんはすごい変わっててね…」なんて自慢するのも良いだろう。いざ「企画したい本」なんて言われると、月並みなものを書いたら落とされるとビビり散らかしてしまう。僕もこの欄になるとまずはペンを置いてベッドにダイブし「ちょっと休憩…」と逃げたものだ。

何も思いつかないわけじゃない。例えば僕は島田雅彦が好きなので(小説と言うよりは人間として面白いということ)「東京外大時代の島田雅彦」というタイトルで、「優しいサヨク…」の執筆当時の生活を読めたら面白いとは思う。だが、それだけ。あの大きな欄を全部埋めるほどのアイデアはない。結局企画したい本なんてないのだ。
ただ、面接官もそこまでは求めていない。彼らはただ大学生がどんな本を読むのか知りたいだけだ。しかし当時の僕にはそこまで余裕が無く、「この一文で面接官を仕留めなきゃ」と気張っていた。

アルバイトとして小説の出版社に潜入してみると、「編集者」という実態が徐々にわかってくる。入社前と後で一番ギャップがあったのは「編集者といっても文章を書くわけじゃないんだな」ということだ。

主な仕事は作家、校正者、イラストレーターとの連絡。そして作家との打ち合わせ。編集部ではキーボードを叩く音がこだましているが、その大半は「お世話になっております」「お忙しいところ大変恐れ入りますが…」「弊誌〆切の都合上○月○日までにご校正のお戻しをいただきたく…」という定型文を打つ音だ。

僕は本を読むのが好きで、文章を書くのもまぁ、嫌いじゃない。こうやって記事を書いていると時間が経つのも早いし、見返すと当時の状態を思い出せて楽しい。しかし小説の編集者になると、編集者はただの作家のサポートになる。僕はアルバイトをしながら、本当に担当作家の芥川賞、直木賞を喜べるだろうか?と考えるようになった。編集者にできることは次々に舞い込んでくるマスコミからの取材依頼を作家にメールで伝えること、その本の内容を売れそうなキャッチコピーで紹介するだけ。

まぁ、高い給料が出て一応小説に携われる仕事だ。周りと比べて恵まれてると、そう言い聞かせることは十分にできるだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?