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ウィリアム・バロウズ「ジャンキー」

以前に吉祥寺のジュンク堂で買った。吉祥寺のジュンク堂は僕が東京で一番好きな本屋だ。共感してくれる人は結構いると思う。あの本屋、なぜかめちゃくちゃ落ち着くのだ。
吉祥寺駅前のバス停前はいつも焼きたてのパンの匂いがする。僕は「北裏」行きのバスを待ちながら、早速本を読み始めた。

読んでいて思ったのが、この本を書くのはすごい楽しかったんだろうな、ということ。作者はただ日記を書いているだけだからだ。
羨ましいのが、自伝小説なのに麻薬をやっているということだけで面白いということ。題材がズルいのだ。
例えば芥川賞候補作なんかに身辺日記的な小説があがれば、「ありきたりで工夫のない」「葛藤がない」「守りに入っている」なんて言われる。しかし「ジャンキー」のような小説は、おそらく審査員ウケは抜群に良い。みんな「チョイ悪」な小説が大好きなのだ。

この本の一番良いところが、麻薬常用者の平凡な日常が何のひねりもなしに書かれているところ。ドキュメンタリーとしてなら最高。麻薬の打ち方や仕入先などが忠実に書かれているので、普通に勉強になる。例えばジャンキーが電車で麻薬を買うためのスリに働くシーンなんかは、見たこともないのに想像しやすい。麻薬常用者は別に面白さを求めてやっているわけじゃない。彼らの行動を淡々と書けば書くほど、そこにおかしみが生まれるのだ。これってちょっとズルいと思う。

この本の秀逸な点が序盤にある。最初のまえがきで「なぜ麻薬常用者になるのか?」という、単純に気になる問いが持ち出される。そしてすぐに答えてくれる。「ある朝、麻薬切れの苦痛に目を覚まし、そこで常用者になるのだ」


作者のウィリアム・バロウズの文体は淡々としているが、それだけじゃない。短いフレーズでまとめるのが上手い。日記は日記なのだが、読み手が暇にならないように、ちょうど欲しいタイミングで欲しいフレーズを入れてくる。勘が良いのだ。

これはバロウズの計算の内だと思うが、麻薬をやっている人間は思ったよりもダラシない。この本には主人公(つまり作者バロウズ)を含む大量の麻薬中毒者が出てくるのだが、みんなクズだ。主人公は麻薬中毒者を内心見下しているのだが、そういう自分も全然麻薬を辞めないのが面白い。滑稽である。そしてそういう奴らをカモにしてるバイヤーも相当なクズだ。こういう世界線が今もあるのだと思うと、ジャンキーはほとんど宇宙人みたいな存在に思えてくる。

また、麻薬というカテゴリを抜きにして、1940〜50年代のアメリカ人の街並みがリアルに書かれているのも面白い。バロウズの人間観察がよく効いている。狙った比喩なんか全然ないので好感が持てる。

こういう本は時々読むといいだろう。上下巻の長編小説を読んだ後などが特に良い。スラスラ頭に入ってくるはずだ。

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