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逆張り?自分のせいでしょ…なんて言わないで

取材先の社長に「晩飯食いに行こうよ」と言われたので行った。神保町の路地裏の居酒屋。取材が終わったら速攻新幹線で大阪に帰ろうと思っていたのだが、断ると「つまらんやつ」と思われそうだったので、しぶしぶ行くことにした。

社長と、別の会社の社長と、僕の3人。座敷に着くなり「仕事の方はどうなの?」と聞かれた。僕は楽しいと言った。どうして楽しいのか、また記者になった経緯を聞かれたので語った。

喋っているうちに、僕はこういう自分語りができる機会を楽しんでいることに気づいた。相手は56歳と、69歳。しかもどっちも社長で、お金持ち。僕はこういうのが一番楽だと思った。何を喋っても嫌味にならない。

例えば20代の合コンに行ったとする。そこでは会話ひとつひとつに気を遣わなくちゃならない。普段何をしてるんですか?と前の女子に聞かれても、村上春樹やヘミングウェイ、ピンク・フロイドや南佳孝のこと以外を話す。YouTube見たりしてますとか、お笑い好きです、とか。

で、56歳の社長に普段何してるの?と聞かれたので、僕は村上春樹や谷崎を読んだり、ピンク・フロイドや南佳孝を聴いたり、ダスティン・ホフマン的な映画が好きなことを語った。すると結構食いついてくれた。「純文学が好きなんだね。心理描写でガンガン突いてくるのが好きなんだ」とか「南佳孝って言ったら完全に俺世代だよ。アイ・ウォン・チューとか、憧れのラジオ・ガールね」とか「ダスティン・ホフマンね。レインマンとか、卒業ね」という具合。僕にとって一番ホッとする返しだ。

56歳の社長は陽気で気さくで、上記のように僕にも分け隔たりなく絡んでくれる。飯の間も56歳の社長が8割くらい喋っていた。しかし、この飯を通して印象に残ったのは69歳の、もう1人の社長だった。この人は眉と目の感覚が狭く、黒縁眼鏡で、薄い唇、おまけにスキンヘッドと、古典的なハンサムという感じである。この人は常にジョークを言う。ジョーク以外のことを話すことはほとんどない。落ち着いた表情で、淡々と虚言を吐く。思ったことだけは言わないように徹底している。僕はこの人に共感を抱かないわけにはいかない。

顔は本当にハンサムだから、若い頃は女に困らなかっただろう。しかし結婚直後に別居し、今もその状態なのだという。そういうこともとても明るく話す。ああ、逆張りの末路がこれか。この69歳の社長がジョークを言うたびに、どこか寂しさが漂うというか、僕の40年後を見ているような気がしてならない。逆張りは気持ちいい。でも全体的につらいことの方が多いし、何より髪が抜け落ちていく。自分のせいでしょ、なんて言わないで……

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