話しかけずらい人

編集部のバイトは社員の頼みごとをするのがメインである。「この本をこの本屋に送って」「この雑誌のこの短編を印刷して」「伝票に宛先書いといて」「コーヒー買ってきて」「エアコンの温度下げて」など。

バイトは僕の他に4人いた。その中で一番頼みごとをされなかったのが僕だと思う。

1個下のフリーター君も一緒に働いていたのだが、彼の方がよく頼みごとをされていた。彼は無口で電話対応も不慣れだ。しかし社員からはよく絡まれていた。不器用さが可愛いのだ。彼は22年間で一度もバイトをしたことがないらしく、社会人として明らかに未熟なシーンがわりとあった。しかし彼には海外文学への熱い好奇心があった。1年間で彼と話したのは数回だったが、彼が「神話が好き」「本当は海外文学の部門に入りたい」と言ったのは覚えている。
それに彼は愛想がいい。話しかけられてもにこにこするだけ。それは気取ってるんじゃなく、本当に何を話したらいいのか分からないのだ。頑張って働いているんだな、と周りに思わせるところがある。

一方僕は大学を出て(彼は多浪の高卒だった)、上京してバイトをしている。これは社員と話す時はネタになりそうだが、僕は誰にも言わなかった。月給13万程で都内に一人暮らしをするのはまあしんどいけど、その感じは出さないようにしていた。僕はこのように話せばいいものを話さず、周りから「話しかけずらい奴」になってきた。

頼みごとが少ないと言っても、50人の社員が1個ずつ雑用を抱えていれば、もちろん僕に頼まないわけにはいかない。だから僕に声をかけた社員は、なんとなく気が進まない顔に見える。

一番の原因は見た目だろう。顔や体型は普通で、にこにこできない。社員を妬んでいるというのもある。それが表情や会話に出るのだ。社員からすればやりにくいったらない。例えば「はい」という返事にも僕のよくない部分が込められているんだと思う。面接に落ちまくったのもまあこれだろう。

社会に出ると「頼みやすい人」が人気なのはよく分かる。しかし「頼みずらい人」は、実力が付くまでその態度を貫き通すしかないのだ。実力が付けばそれが個性として受け止められる日がくる。「あいつは話しかけずらいけど、仕事は早いんだ」みたいに。


編集は比較的人と話さなくて済む業種だと思う。しかし面接で落ちまくる人間の特徴として、話しかけづらいというのは認めたくはないが、大いにある話だろう。


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