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ちょっと昔の神田「升亀」の思い出

ちょっと昔の東京・神田を思い出しながら、一人称視点で妄想混じりのコラムを書いてみます。あの頃は、みんな楽しく飲み歩いていたものです。早く、元通りの生活に戻りますように。そんな願いと、居酒屋への想いをこめて…

神田、土曜の昼下がり――

午前中に仕事があって都心に出てきた。休みの日なのに出てきたのだから、このまままっすぐ帰るなんてもったいない。今日はとっておきの街、神田で老舗酒場の昼酒三昧をしよう。週末、仕事終わりのお昼酒は最高だから。

神田は、升亀、大越、三州屋の老舗三店セットがあり、しかもみんなお昼からやっている。どれも人気店だけど、大箱揃いなのでどこかは必ず入れる。こんな老舗昼酒スポットは、山手線でここだけだ。

神田駅南口を抜け、中央線の轟音が響くガードの先に、昔からの赤レンガアーチの高架橋があり、そこに仲良く大越と升亀が並んでる。駅に近い大越を覗こうとすると、大将が発泡スチロールの函を持って店の外にでてきた。

「いまはいっぱいかな、あと1時間すればお昼ごはんの人が減るから」

じゃあ先に隣にいきますとジェスチャーで答え、大越の大将も笑顔で返してくれる。隣の升亀へ向かう。

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店先まで伝わる店の活気。開け広げられた扉から店内を覗く。

すると赤いTシャツに首にバンダナ姿、いかついバックルをしたどこか西部劇にでてくるような格好の升亀の大将と目が合う。「いらっしゃい、今日はひとり?」

100人以上入る店は、割烹着姿のベテランお姉さまたちが忙しく注文と提供をしている。顔を覚えてくれているお姉さんが注文を取りに来てくれた。どこもかしこも、スーツ姿の役職つきのような年齢の方ばかりで、みんな楽しそうに笑っている。升亀は、会社のOB会に使う人も多いようで、昔の同僚たちとビールを注ぎあい思い出話をしているおじいちゃんたちが、とても楽しそうだ。

土曜の升亀といえば、げそ天だ。なんたって、土曜限定で100円。完全なまでにサービス品だが、大将が長年続ける常連さんへの感謝の一品。それと瓶ビールをもらい、心のなかで乾杯をつぶやききゅっと一口。暖簾越しの日差し、吹き込む春の風、にぎやかだけど決してうるさくはない店内。土曜の昼の升亀は極楽だ。

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げそ天は生姜が効いた甘いタレが予めかかって出てくる。イカも衣も両方ともたっぷり。素朴な味だけど、これとビールがあればもう幸せだ。となりの大越も魚だけど、升亀の魚もなかなかよい。不揃いな形のビンチョウマグロのブツは、ねっとりして美味しい。わさびをここなら醤油に溶かしていい、そんな雰囲気だ。ビールを飲み干したらば、次はとっておきの一杯にしよう。

升亀の特別なお酒、その名もスペシャル。甲類焼酎とワインをあわせた「バクダン」のようなもの。お姉さんに「飲みすぎると倒れるからね」と注意されるのはいつものことで、ビアタンに注がれてやってくる。甘いけど甘すぎない。アルコール感がかき消されているけどかなり度数は高い。むしろ、そのまま赤ワインを飲むより渋み・酸味が抑えられ、よりマイルドになっている分ペースが進んでしまいそうだ。これを二杯飲めば、完全にいい気分。

調理場で忙しく働く板前さん、テキパキ動き回る割烹着のお姉さまたち。そして、常連さんに声をかけたり注文をとって回る気遣い上手な大将。そんな空間に、何もせず、ときどきお酒を口に運んでは、その都度ぼーっとどこをみるでもなく店内を眺めて過ごすこの時間がたまらなく心地よい。大箱の中で一人だけで飲んでいる。これが升亀だと寂しいどころか、むしろこれが楽しいと感じてしまう。

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いまどきこんなお昼から満席になる酒場が2軒並んでいるなんて、日本でここだけなんじゃないかな。それぞれ違う目的で、いろんなグループや一人で飲みに来ているけれど、なぜだかみんなで一体感を共有し楽しんでいる雰囲気がここにはある。

そろそろ大越は空いたかな。

(つづく?)

※2013年12月28日閉店

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