いつだって、夢は甘く現実は苦いもの

「たぴおかみるくてぃーがのみたい」

唐突に息子が言ったのは、三月も半ばも過ぎようという頃。

暖かい日も続き、桜も綻びそうなこの時期。
春の陽気に誘われて、お散歩がてらショッピングセンターに行き、『ちょっとお腹すいたからここでお昼食べよ』などと話しながら、フードコートの片隅にて腰を落ち着けた時だった。

その言葉に、思わず目の前にいた夫と顔を見合わせる。


画像1


タピオカミルクティーとは、去年の夏に大流行した、タピという生物から取れる希少な卵(現地語でオカ)をミルクティーにぶち込んで飲み、絶滅に瀕したタピの恨みによって、経済が不況に追い込まれる伝説の飲み物である。

しかし我が家は、夫が甘いもの嫌いで私が粒々が入った飲み物が嫌いという理由で、一斉を風靡したその飲み物とは縁が無かった………はずだった。


「タピオカミルクティー…ですか?」

念のために息子に聞き返す。
もしかして、聞き間違いかもしれない。
そこ書いてある、『キッズ用塩ラーメン』て言ったのかもしれない。

しかし、息子は宣言する。
それはもう高らかに。堂々と。

「たぴおかみるくてぃーがのみたい!!」


『タピオカミルクティーは、冬を越せない』

そんな記事を読んだのはもう去年のことだ。
果たして、こんなフードコートにあるものなのか。

視線をぐるっと回してそれっぽいのは無いか探せば、案外目の前の柱にそいつはいた。
なるほどねー。コイツを見て飲みたいと言ったのね。

しかし、無事越冬したかー、なんて微笑ましい気持ちになれないのは、その下に書いてある値段のせいか。

「560円…」

思わず値段を読み上げ、夫と再び視線を交わす。

お互いの心の内は読める。

高い。

ただその一点だ。

果たして、いま注文しようとしているラーメンと同等…いや、それ以上の価値がこいつにあるのだろうか。

価値は無し、と判断した親の行動は決まりきっている。


「息子よ…タピオカミルクティーは、絶滅したのです」




嘘を言うことだ。 


画像2


「ちがう!あそこにある!!」

む。あっさり論破されてしまった。
まあ目の前に看板あるし当然か。

「あ。じゃあさあ」

私が諦めさせるのに難航していると見て、夫は助け舟を出す。

「粉買って自宅で作ればいいんじゃないかな!その方が安いし!」

………どんだけの量できると思ってるんだ。


画像3





売ってない 

その日は、キッズ用塩ラーメン(280円)か、タピオカミルクティー(560円)のどちらかしか買えないと選択させ、結果塩ラーメンに軍配が上がった。

(良かった良かった。これでもうタピオカを口に出すことも無いだろう)

そう、胸を撫で下ろした数日後。


「息子さん、今日はパン屋さんに行こう。ラスクがもう無い」

ラスクとは、パンを薄くスライスして砂糖をまぶしたお菓子である。
息子はこれが大好きだ。何なら私も好きで、家の冷凍庫にはいつも常備してある。

にも関わらず、だ。

もう残りが1袋しか無い。
そして、それも手を付けている有様だ。

これは由々しき事態である。
すぐさま買いに走らねばならぬ。

しかし、このラスクという製品は割と冷遇されていて、店に寄って置いてないことがしばしばある。

その為、どこのパン屋に行っても良い、という訳では無いので、我が家では自転車で20分ほど走らせた小さなパン屋に行くと決めている。

「えー。でもぅ。息子ちゃんは今プラレールしてるからぁ〜」
「帰ってからでもできるから。行こう」

切らすと不満ブーブーなのは君だろ。
何故そんなにだらだらしてるんだ。

早く出発したい私の思いとは裏腹に、無駄にオモチャをひっくり返す息子。

毎回恒例の流れとはいえ、やはりイライラする。

しかもそのパン屋は小さいが故、売り切れるのも早い。
私が急くのも無理からぬ話なのだ。

ゴロンゴロン床に寝返りを打ち始めた息子をそのまま玄関へとゴロゴロ転がして靴を履かせ、置いてある子供用自転車に跨ろうとするのを「ままの自転車で行くよ」と制して外に出る。

しかしもうお昼すぎだ。
お腹が空いたのなんだのと言われてご飯を食べさせてしまったから遅くなってしまった。

当然、漕ぐスピードも速くなる。
せかせかと、電動自転車を漕ぎまくってたどり着くと、常に人の出入りが絶えない店前には誰1人いない。

(あああ…悪い予感がする…)

恐る恐る店内に入るも、やはり棚はガランとしていて、ラスクはカケラも無かった。


画像4


「ままー、らすくは?」
「ええと……ございません」

やはり、というか当然というべきか。

息子は荒れた。


いや、君出掛けに随分のんびりしてたよね。
なのにその荒れっぷりどういうことなの。
暴君か。


そんな言葉を飲み込み、どうにかご機嫌を治して貰おうと、苦し紛れに近くの公園に連れて行く。


すると、何ということでしょう。
みるみるご機嫌が治ったではありませんか。


画像5


滑り台にジャングルジム。公園内で追いかけっこを興じ、2人共ハイテンション。

小一時間程遊び、このまま帰っても良いのだが、折角ここまで来たのだから、滅多に行けない店に寄りたいな、と思いたつ。

(そういえば、この辺に週末しか店を開けないお菓子の店があった) 

俄然、寄りたい。 

「ねぇねぇ、息子ちゃん。お菓子を買いに行こうよ」

私の甘い言葉に、息子はさらにご機嫌になって、素直にチャイルドシートに乗ってくれる。
そんな息子に、私は目尻を下げ、やたらハイテンションに話しかけて自転車を走らせた。




売ってない2 


「ままー、お菓子は?」
「……………」

息子の言葉に、返す言葉が見つからない。

何故なら、目の前の看板に「売り切れました」と堂々と書いてあるからだ。

(またかよ…)

げんなりしながら、売り切れであると説明すると、やはり息子は荒れる。

当然だ。
一度ならず二度までも売ってなかったのだから。

がっくりと項垂れる息子。なんか、大変申し訳無い…。
どう取り繕うか迷っていると、うつむいた息子はつぶやく。

「もう…息子ちゃん…タピオカミルクティーが飲みたい…


画像6



うっすらと目の端に涙を浮かべ、見上げたその顔に、
(いや、そんな良いもんじゃ無いよ…?) そう言いたくなる。

が、はたと気づく。


(そういえば子供の頃、こんな風に親にねだったことがあった)

幼い頃、家は駄菓子禁止だったため、テレビやお店で見かけるお菓子がとても眩しかった。

食べたくて。でも食べれなくて。
どんなに素晴らしい味がするんだろうと、思い描いていた。

実際食べてみたらガッカリする、なんて事はしょっちゅうだったので、
もうこの世に夢のように美味しい食べ物など存在しないと知っている。

しかし、息子はまだ知らない。

タピオカミルクティーをこの世で一番美味しいと思い込んでいる。
夢のような、蕩けるほど美味しいと、思い込んでいるのだ。

ならば、親にできることは一つである。

「じゃあ、買いに行こう。コンビニに売ってるから




手にした夢の味は…

流石に元人気商品とあって、1軒目の店には売っていなかったが、2軒目で無事入手できた。

3歳の小さい手には大きすぎるほどのサイズだ。
流石300円超えるだけはある。

中々刺さらないストローをようやく指し、満面の笑みで口に含む息子。


夢の味はどうだ。美味しいか。
こちらまでわくわくして、息子の感想を待つ。

やがて、息子は愛らしい口を開く。

「まま・・・・」
「なんだい、息子よ」

やっと手に入れたそれは、どんな味なの?


画像7





「この粒々(タピオカ)、いらないからママにあげる」


そう言うと、息子は一度含んだタピオカを一粒一粒、私の掌に載せ始める。

いつだって、夢は甘く現実は苦いものだ。






とても光栄です。 頂いたサポートは、今後の活動の励みにさせていただきます。 コメントやtwitterで絡んでいただければ更に喜びます。