子供部屋おじさんにすらなれないお話

俊龍寺警察と申します!

世の中には子供部屋おじさんなる言葉があるそうな。

私自身数十年生きてきて恥ずかしながら実家出たことがありませんでした。しかし、子供部屋おじさんにすらなれなかったのが自分でした。そこでなぜ自分は自活しなかったのか?考えていきます。

実家は狭く、正直言うと子供部屋的な場所などありませんでした。ほぼ家族の共有スペースみたいな環境で育ちました。

思春期頃になるとそんな生活に耐えられなくなっていきます。親には自分の部屋が欲しいと懇願しますが、聞いてはもらえないし引っ越しの予定もない。その時自分は半分諦めが出たのでしょう。高校くらいからはその状況を受け入れながら生活するようになりました。

時は立ち就職しますが、長年過ごした家を出たいとはあまり思いませんでした。金銭的なことで不安もありましたし、貯金もしたかった。だからすぐには出ず貯金の目標額を達成し給与が上がったら出る⋯くらいの考えでした。しかしこの考えが本当に甘かった。そう言わざるおえない。

それから数年働きますが給与はあまり上がらず。貯金もまだまだ達成出来ず。このままだとカツカツの生活は目に見えてました。あと会社の先輩は34~36歳とかでも実家暮らしの方が多く、余計に出なくてもいいのかな?と考えるように。

しかし転機が。

株で収益を上げた結果、貯金の目標額は達成。家を出る条件はこの時点でそろってました。それでも出なかったのは単なる甘えとしか言いようがないです。

その後給料がいいところに転職したりしますが、精神的余裕がなくなる環境だったので考えるどころではなくなる。その時はもうずっと転職先探ししてましたね。

そしてそのブラ⋯昭和の会社をやめ現在。

自分自身去年の暮れくらいから転機が多くありました。転職したり、せめて死ぬときはまっとうに死にたいと思うように。親も高齢でこのまま家族でこの狭い家で生き続けることは出来ないだろうなと思うようになっていきます。家族で引っ越すか⋯家を出るか。迷うことなく後者を選びました。普通に彼女とか作って家に呼びたい!し。金銭的にもOKと判断し、今年から物件探しを再開。何個か見に行ったりしてましたがその矢先

緊急事態宣言 外出自粛


ですよ!まったくむかつくよねコロナ!結局春先の転居は断念し、解除された5月末~から物件探しを再開しいいとこ見つかったので決めました。

成人になっても実家の部屋で暮らすのが子供部屋おじさんだそう。私は部屋がないからそれにすらなれませんでした。自立しなかった理由をまとめると

・金銭的な理由→のちにクリア。しかし、生活を変えるということに踏み出せず。

・心理的な問題→生活を変化させることへの不安感。それが大きかったのかもしれない。家族と仲は良かった?というか互いに現状を崩さないことで間違った平穏を築いていたので、出るきっかけも中々出来にくかった

・思考的な問題→ここ数年なにか新しい世界を見ようとしたりとかしなくなってました。要は怠惰な人間になってたのでしょう。それが一番よくなかった。

まとめると自分は収入が安定してからは家を出ることが出来ない環境ではありませんでした。単に臆病な雑魚だっただけ。物事を先延ばしにしがちなクズなだけ。

実家暮らしをやるにもさまざまです。家庭の事情で出れない方、金銭的な問題。出ることが出来ない方や、家の手伝いをするなどしっかりした理由のある方を「子供部屋おじさん」などと呼ぶのはおかしいと思います。

しかし、私は実家で生活することで怠惰になったのだから早くに家を出るべきでした。そして苦心すべきだった。そういうところを乗り越えて人格は形成されるのでしょう。私は結局狭い世界に閉じこもって傷つきたくなかったのかもしれない。しかしこれからはそうはいかない。苦心しようが乗り越えていきます!

もし実家を出たい!と思う方がいれば早めに出たほうが私のように引きずらないです。家族に止められるなら私の体験を話してみてください。多少は考えてくれるかもしれない。

別に実家暮らしの是非を問うために書いたわけではないです。

自分の戒めとして書いて、人の目に触れさせて退路を断つために書きました。実家で暮らしてる知り合い、友人もいますし、そのことでどうこう言うつもりもないです。

それでは長文失礼しました

烏屋茶房を崇めよ






この記事が参加している募集

おうち時間を工夫で楽しく