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思い出せない

「夏にさ、水戸で見たあの大三角形、最高だったよな」

「あれ、水戸じゃないから。あれ、ひたちなかだから」

細かな指摘を受け、俺は口を噤む。話す気力がなくなってしまう。
そのような揚げ足を取ることが、いかに相手の気分を下げてしまうことを、彼女は知らない。まだたくさんの人と付き合ってきていないのだろう。

ひたちなかだとか、水戸だとか、県外の人間にとってはどうでも良いのだ。それが顔に出ていたのか、彼女は、「あんただってさ、柏と松戸が一緒にされた嫌でしょ」と言い放った。

ちょっと待て。柏と松戸が一緒にされるとは、想像を絶する屈辱だった。向こうはサッカーチームも無いし、アド街ック天国ではこっちの方が有名だし、向こうは梨くらいしか有名じゃないし、、、

と、静かに自分の中で膨大な反論を思い浮かべている自分を見て、彼女は、

「その顔」

と言った。

茨城で生まれ育った人間からすると、柏は都会だったそうだ。
まず柏で都会を感じ、そこから東京都内へ行くという話を、何度も耳にしたことがある。

別に良いのだ。別に、人の価値観なんて他人から言われたとしても簡単に変わるものでは無いのだから、俺がここでいかに持論を披露したとしても、彼女の気持ちが変わることはないし、変える必要だってないのだから。

「そういやさ、レイソルにめっちゃすごい外国人、いるんでしょ」

珍しく、彼女が俺の興味のある世界にすり寄ってきた。めっちゃすごい外国人とは、いったい誰のことだろう。たくさんの外国人がいるから、俺には誰が彼女の琴線に触れる外国人なのか、分からなかった。

一般的に考えてオルンガのはずだから、軽く話を合わせようと、

「黒人だろ?細身の?ケニア人なんだよ」というと彼女は

「え、黒人?いやー、肌はそんな黒くなかったなぁ…けど誰だろう、めっちゃすごい外国人って聞いたのよね」と彼女は言う。

そしたらもうブラジル人の選手しかいないだろう。邪推かもしれないが、あとはもう確率論で行くしかない。

「あぁ、何年もレイソルにいるんだよ、クリスティアーノだろ」

というと彼女は、きょとんとした顔で俺を見る。「そんなキレイな名前じゃなかったような」と彼女は憂いた表情のまま、言葉を発する。

まるでコーンフレークを題材にしたお笑いコンビのような様相になってきた。わからない。あと、有名な選手がいただろうか。サヴィオ?まさかヒシャ?と思いを巡らせていると、彼女は言った。

「違うチームだったかも。会社の先輩と二人で飲んだ時に、彼が言ってたのよね。彼、川崎の人だったから、違うチームだったかも」

俺はその選手が誰だったのかよりも、先輩と二人で飲んだという事実の方が気になり、ダミアンという名前すらも思い浮かばないほど動揺した。

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