第57回 倫子の反撃ー菊の着せ綿事件
香子が再び道長と関係を持った事はすぐに殿内に知ら渡りました。そして「『源氏の物語』の作者」と最高権力者の愛人という二つの肩書を持った香子は皆から怖れられました。香子も道長の恋人というのもまんざら悪いものではありませんでした。日本一の男なのですから。
そんな9月9日、彰子の産む日も迫ってきた頃、兵部のおもとが、「北の方様からです」と、菊の着せ綿を持ってきました。これは一夜、菊の露に染ませた綿で顔を拭うと長寿になるというものです。
しかし香子は、倫子の真意を感じました。元来、菊の着せ綿とは老人に対して更に長寿を願う時に送るものでした。
「あんたはもう年なんだから、いい加減におしよ」
そんな倫子の声が聞える様でした。しかし香子ははっと気がつきました。
『倫子様の方が私より六つも年上ではないか』そして、香子は、
「兵部のおもと様、これは勿体ないゆえ少し拭って、北の方様にお返しします」と着せ綿を預けました。
『これはあなたが使うのがお似合いよ』そんな意味を込めてでした。
しかし、「北の方様はもうお帰りになっていました」と兵部のおもとは着せ綿を持ったままでした。「有難う」と香子は受け取りましたが、
『逃げ足の速いこと!』と思いました。「早速、日記に書いて置かなければ」と勿論、有難くも北の方から着せ綿が贈られたと『紫式部日記』には書いたのでした。(続く)
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