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第44回 出仕の夜

香子は、弁のおもとという中年の上臈の女房から、渡殿(わたどの)を区切った一室の部屋を案内されました。
「そなたには藤(とう)式部という女房名をつけましょう。父為時殿が式部丞だったゆえ」
大晦日なので夜に追儺(ついな)の儀式や豆まきがありました。
横になって男たちのひっきりなしの沓(くつ)音を聞きながら、香子は家に残してきた娘賢子の事を思っていました。
やがて女房の前駆のもとに、道長の正室倫子がやってきました。
香子は思わず身構えました。少女の頃に少し会ったのを思い出すと久しぶりの対面でした。燈火の中で観る倫子は小柄でしたが、福よかな感じで、大臣の正室という貫禄が備わっていました。

「藤式部殿、久し振りですわね。私の母と貴女の父上は従姉弟同士、中宮の彰子の学問のこと、宜しく頼みます」
倫子は笑顔で去っていきました。

明ければ元旦。香子は四十名もの女房の最後尾で中宮彰子への新年の挨拶に出かけました。
えもいわれぬ緊張と、何かちくちくと刺す様な凝視ともいえる視線が近眼(ちかめ)の香子にも感じられました。(続く)

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