背景疑問と前景疑問
知識と疑問
疑問を解決するための知識は生活の中で経験的に学ぶものから、高等教育機関で学ぶ専門知識まで様々であるが、いわゆる学問的定説が世の中の仕組みの全てを解き明かしているわけではない。人の認識に自然の摂理、すなわち出来事の真理(カント的に言えば物自体)を全て解き明かせるだけの潜在的な能力があるかと問えば、必ずしもそうではないだろう。この宇宙のどこかに存在するであろう高度な知生体が僕らの科学的定説を知ったとしたら、まるで空絵ごとのように感じるかもしれない。彼らはより高度な科学理論でこの世界の出来事を、そして真理のあり方を語る言葉を持ち得る。したがって、我々人間が世界の出来事を科学的に解き明かそうとすればするほど、解決困難な疑問が無限に生み出されることになろう。
背景疑問
医療や健康に関する疑問は大きく背景疑問(background question)と前景疑問(foreground question)に分けることができる。何も分からない学問領域について学びを始めたとき、最初に突き当たる疑問を背景疑問と呼ぶ。言葉の定義を問う疑問は、背景疑問の最もシンプルな形式かもしれない。これらの疑問は学問的定説(いわゆるパラダイム)の範疇で解決できるものであり、多くの場合、教科書や専門書を参照することで、その答えを導きだすことができる。つまり、背景疑問とは自分が知らないだけで、(世の中的には)既に分かっていることに対する疑問と言えるだろう。
前景疑問
前景疑問は複数の背景疑問を解決したうえに生じる疑問であり、個別の事象において、これから起こり得る将来の出来事についての疑問である。例えば、なぜ雨が降るのか?という疑問は背景疑問であり、気象学の専門書を学ぶことで解決できるが、明日の天気に関する疑問は前景疑問となろう。
医療や健康に関する前景疑問を解決するためには、複数の臨床医学論文(エビデンス情報)を参照し、その答えに近しいものを模索することになる。将来の出来事に関する疑問であるがゆえに、模索する答えは常に統計的データに基づく推測という性質を帯びている。
このような観点からすれば、臨床医学論文は真理と学問的定説を架橋するものと言えるかもしれない。なお、通常は学びを深めれば深めるほど、疑問全体に占める背景疑問の割合は低下し、前景疑問の割合が増加する。
疑問を構成する要素
一般的に背景疑問は5W1Hの形式で定式化できるのに対して前景疑問はPECOによって定式化される。PECOとは臨床疑問を構成する4つの要素であり、patient(患者)、exposure(曝露)、comparison(比較)、outcome(結果)の頭文字をとったものである。より具体的には、DPP4阻害薬はなぜ血糖値を下げるのか?という疑問は背景疑問(Whyの形式)であるのに対して、2型糖尿病患(P)におけるDPP4阻害薬の投与(E)は、プラセボ投与(C)に比べて、どれだけ心血管疾患のリスク(O)を減らせるだろうか?という疑問は前景疑問(治療に関する疑問)である。
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