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チヤホヤくらいがいい

『誕生日おめでと!』
と律儀に毎年メッセージを送ってくる男。
「はぁ…。」
もう既読をつけることもなく、思い切って、親指をポチッとする。

削除しますか?

高木ケースケ。ママ友ハルちゃんの夫──。

                             


娘の保育園で、保護者役員をやった仲間はとても楽しくて、中でもハルちゃんを含む5人組は、それからも度々あつまっては『女子会』と称して飲みに行ったりしている。子どもの話、夫の話、実家の話、話題は尽きることなく、お酒を飲んで、気兼ねなくワイガヤと盛り上がってはストレス発散する仲間だ。

そこへ、ハルちゃんの夫、ケースケさんは
「僕も仲間に入れてよ〜、ケー子って呼んで」と、仲間に入ってくるようになったのだ。
ハルちゃんとケースケさんは仲良し夫婦で、ケースケさんも姉がいるからか、女性ばかりの中でもごくごく自然に溶け込んで、盛り上がってしまえるコミュ力オバケだった。

いつの間に連絡先を交換したのかすら覚えてないくらい自然にみんなLINEを交換していて、私もケースケさんからの他愛のないメッセージに適当に返したりしていた。

「今日、飲みに来るでしょ?」
「あ。そうそう、おじゃましまーす。」
「ケー子も待ってる♡」
「笑笑」

実家に子どもたちがお泊まりだから「飲みにおいでよー」と、ハルちゃんが誘ってくれたから、私は家事をバタバタと片付け、娘を寝かしつけ、「あとはよろしくね」と夫に夜を任せ、ハルちゃんの家へウキウキと出かけたのだ。
ハルちゃんと私の好きな、赤ワインを持って。

「いらっしゃーい」

もう部屋着で家飲みモードなハルちゃんとケースケさんに迎えられ、私もほとんど自分の家みたいにくつろいで、調子良く飲み、すんなり酔っ払う。

「もうさぁ〜、見られたら困るならちゃんと隠しておけって感じだよねー!」
「笑!男は隠し事が下手くそだからねぇ」
「アンパンマンのDVDだと思ったのにさぁ、ハァハァ聴こえて、エッ!?て焦ったよ」
「わぁー!そりゃ焦るわ」
「え、旦那さんどんなの見るの?」

#なんのはなしですか

夜のテンションにお酒も入り、大人な話に盛り上がったりして、ケースケさんもいつもの面白い「ケー子」のまま楽しい夜だった。

はずだった。

持ってきたワインも空になり、ハルちゃんが漬けた梅酒を、酔った手つきでトプトプと注いで。
東北出身のハルちゃんは、ところどころ「~んだぁ」が出るようになって。

「おてらい…おてあらい、かりまーす」
と、私もフラフラと立ち上がると、ケー子が
「転ぶなよ〜?」
と支えながらついてくる。
「ありがとありがと、大丈夫ー。」

お手洗いから出ると、ケー子がドアの外で待っていてくれた。
「大丈夫、大丈夫ー」
と、洗面所の鏡に映った明らかな酔っ払いの自分を見ながら手を洗っていると、後ろから抱きついてくる。ケー子。

熱くて、力が強い。

顎クイして、キス。強引で、無遠慮に唇を押し付ける、息の荒いキス。
肩を抱かれ、壁にもたせかかるように、そのまま続けようと体重をかけるケー子…。

いや、ケースケじゃん!

「やめてって」

濡れたままの手で押しのけると、
「柊ちゃん…嫌なの?」
と、まだウットリした声で言いながら、腰を引き寄せようとする。

「ダメでしょーよっ」

冷たく言い残し、ボヤッとしたケースケさんを押しのけて、ハルちゃんのいるリビングに戻ると、ハルちゃんはテーブルに突っ伏してスヤスヤと寝ていた。

んもぉ…。

「ハルちゃん、起きて。ねぇ、ハルちゃん」
肩を揺さぶるとムクッと起きて、
「…ぁ、寝ちゃったぁ」
と、暢気に目目を擦っている。

「ハルちゃん寝ちゃうと、ケー子に襲われちゃうよ?私」
「え〜、そったらダメさー!柊ちゃんは私んもんなんだぁ〜」
と、今度はハルちゃんが抱きつく。

私もギューッとハルちゃんを抱きしめて、戻ってきたケースケさんを、ギッと睨む。

「あーぁ、せっかく柊ちゃんを襲うチャンスだったのになぁ~」
と、ケースケさんはヘヘヘと笑っていたけれど、それが冗談じゃないことはわかってしまった。

今まで散々「カワイイ、カワイイ」と、チヤホヤしてくれてたのは、そういうことか。マメに届く他愛のないメッセージも、そういうことか。


チヤホヤしてくれるだけでよかったのに。

チヤホヤくらいが楽しかったのに。

削除しますか?


どうせ襲われるなら、私は、
ハルちゃんがよかった。

削除。

なにがケー子だ。













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