ロールプレイを検討する際に留意することについての考察

はじめに
 システムズアプローチのトレーニング(研修やWS等で適切な指導者のもとで行われる各種小ワークや架空事例を用いた面接ロールプレイ、個人やグループのSVとその後の課題克服など)は、実践的なロールプレイを中心に行われています。そして、ロールプレイ自体の検討は、日々の臨床を支えるセラピストの〈ものの見方〉である認識論と、何気ない仕草や姿勢といった雰囲気までを含んだセラピストの〈振る舞い〉が面前の相互作用にいかに影響するかという視点で行われていると考えられます。
 こうした検討の視点は、対象となる「家族システム」だけでなく、来談者や家族にセラピスト自身を含んだ「治療システム」という二重の観察と仮説設定(アセスメント)を行うというシステムズアプローチの実践での特徴を表しているといえます。
 高橋(2007)は、“「治療システム」の中で最も変化させやすいのは治療者自身なのだから、どうやって相手を変えようかを考える暇があるなら、まず自分がどう変化できるかを考えることが、システムズアプローチでは重視されます。”と述べています。また、高橋(2007)はトレーニングに参加することは、セラピスト自身の臨床能力をさらけだすことであり、羞恥や恐怖、自己嫌悪などと格闘しつつもプロ意識を持って、自身のコミュニケーション力をトレーニングで鍛えていくことが必要だと述べています。そして、これはプロとしての当然の修練であり、自らの品質管理と努力向上を怠ってはいけないことを指摘しています。
 こうした、システムズアプローチのトレーニングは、アスリートのようなところがあるかもしれません(もしくは職人的な考え方)。または、一種の厳しさを感じる人もいるでしょう。しかし、厳しいだけではトレーニングは続きません。基礎的な臨床能力を育てるには、一定の時間だけでなく、継続的なトレーニング(まさにアスリートのような反復練習)や、SVで自らの治療システムを検討とその課題の克服をしていくことが必要になってきます(システムズアプローチのトレーニングについて詳しく知りたい方は赤津玲子先生の「システムズアプローチのトレーニングに関する研究」を参考にしてください)。
 そのためには、厳しいだけでなく、自らの臨床能力をオープンにするからこそともに参加する仲間と支えあっていく場の雰囲気というのも大事な要素になってきます。こうした場の雰囲気を大事にするということをシステムズアプローチの文脈で説明するならば、トレーンニングを行う場自体もひとつのシステムとみなし、場のシステム自体も発達してくと捉え、そのシステムの一要素として自らのものの見方・考え方・振る舞いをいかに活用するのかという視点でトレーニングに参加するといえます。今回の記事では、高橋(2007)を参考にしつつ、筆者自身の経験を振り返り、ロールプレイを検討する際に留意したいことを考察していきます。

成長ロードマップ
 筆者が、面接や相談といったサービスを提供する対人援助職の面接技術はどうしたら習得できるのか、という問いを考えるときに参考にしたのが、ブリーフサイコセラピー学会のシンポジウムでの「ブリーフセラピスト・成長ロードマップ」になります。ちなみにシンポジウムの副題は「私たちはどうやってブリーフセラピーを“技化(わざか)”したか?」になります。
 そこで高橋(2006)は、“いかにもブリーフらしい「技法」を用いようと意識することはあまりあらせんが、「心理臨床はサービスであること」「来談者のニーズを最も重視すること」というブリーフのエッセンスを常に意識しています。”と述べています
。また、“「ブリーフ的」臨床とはその学派にかかわらず、要するに「顧客中心主義」、すなわち「サービス業意識」にそのエッセンスがあると考えます。”と述べたうえで、今ここで何をすることが顧客の望み(ニーズ)に応えることになるのか考え続けることだと答えています。筆者は、こうした高橋(2006)の考え方に、厳しさと期待を感じつつも、自身と同じ「ひきこもり」や「登校拒否(現在では不登校と表現される)」の現場にいたことから、その成長ロードマップを参考にすることにしたのです。

研修やWSでの経験
 家族療法やシステムズアプローチをこれから学ぼうとする人が、学会などで開催される研修やWSに参加して驚くことは、ロールプレイを動画で録画することかもしれません(ひと昔まえはDVカムのビデオカメラに三脚を持参した参加者の方がいまいたし、筆者自身も職場で架空事例の家族合同面接をロールプレイで行ってビデオカメラに録画して相互作用を観察し、治療システムで何が起きているのかを検討しました)。そして、その動画をみながら自らの面接での意図や振る舞いについて解説される先生もいます。時には、講師の先生とロールプレイ対決みたいなこともあったりします。家族療法やシステムズアプローチを実践されている先生方は自身の臨床をオープンにすることを、ひとつのサービスとして捉えているのかもしれません。

勉強会の運営
 研修やWSだけでなく、継続的なトレーニングに参加し、SVも受けながら考えたことは、面接技術、あるいは臨床能力の基礎力を身につけ、システムズアプローチを定着させるには、今以上に何が必要なのだろうということです。おそらくそのためには、複数の人間を相手に面接を行うコミュニケーション能力、それを支える観察、相互作用に働きかける多重なコミュニケーション(なぞらえの力やメタファーの活用、筆者の場合はそれらを臨床催眠や臨床動作法から学びました)、そしてコンテンツ(内容やその意味づけ)にひっぱられずコンテクストを重視する自由な〈ものの見方〉を習得する(自分の価値観を一旦棚上げするともいえる)というところまでは理解が進んだ(振り返るってみると理解したつもりでいただけだったのかもしれない)のですが、実際の臨床能力が追いつてこないという悩みがありました。
 そこで、思い切って自ら勉強会を発足して、一年単位でシステムズアプローチの面接過程に沿ったプログラムで継続練習の場を運営してみるというアイデアを考えました。その意図は、自身が理解したシステムズアプローチを記述し、それを誰かに説明し、実際に人前で実践できるようになれば、システムズアプローチが定着したといえるのではないだろうかということになります。そこで、勉強会の方針を決めて実際に行動に移してみることにしました(他にも筆者が一方向的に何かを教えるのではなく参加者同士の相互学習であること、必ず参加者のニーズを参考にその日の勉強会の雰囲気をアレンジすること、守秘義務と職業倫理の徹底、筆者自身のニーズを満たす目的で勉強会を使うことは禁止、などにも留意しました)。以下が、実際に参加者と共有した勉強会の方針になります。

勉強会の方針

1. 毎回テーマを決めて、それに従いシステムズアプローチへの<ものの見方>への理解と、実践で
必要な<臨床能力の習得>を目指しています。
2. 実践的な面接技術を身につけるためのポイントを絞った講義とロールプレイを中心にした実践的
なワークを行ないます。
3. 自身の臨床能力をオープンにする場だからこそ、参加者で支え合う雰囲気にしていきましょう。
4. システムズアプローチの有意性を示したり、他学派と比較したりする場所ではありません。何に
依拠するかよりも、「治療システム」でどう有効に振る舞えるのかという視点で検討していきましょ う。
5. 家族療法や、グレゴリー・ベイトソとミルトン・エリクソンについても学んでいきましょう。

※筆者作成

画像は実際に使ったチラシになります。そして、以下が実際の勉強会で配布した「ロールプレイを検討する際の手順書」になります。

【検討の目的】
治療システムの一要素である Th がどのように働くことが効果的になるのかという視点に立ち,Th 自身を活用するために,自分自身の〈ものの見方〉と〈振る舞い方〉を検討していくことを目的とする。

【ロールプレイの検討の手順】
振り返りは以下の要領でロールプレイをした Th 役と Cl 役で行なう。
1. Th 役へ主訴の確認
2. Th 役へ相互作用・パターンの確認
3. Th 役へ相互作用・パターンに付随する枠組みの確認
4. Th 役と Cl 役で話し合い
5. Th 役は,対象システムの仮説と治療システムの仮説を手元のメモで整理し(相互作用の図示,今後起 こりうる相互作用のシミュレーションなど),Th 自身の<ものの見方(意図)>と<振る舞い方(行為) >を検討する(その間は他の参加者も同様に仮説の整理を行なう)。

【検討に観察者を入れる場合】
観察者からのフィードバックは,観察者同士がロールプレイを観察して,「私の視点からは,○○が起きていたようにみえ,○○を△△とみることができる」とそれぞれの視点からみた〈現象の切り取り方〉 と,その<差異>を話し合い,それを Th 役と Cl 役が観察するというリフレクティング構造をとる。

【介入の前に押さえておきたいポイント】
1. 相互作用・パターン
2. パターンに付随している枠組み・ケース特有の枠組み
3. 面接の場に求められているニーズ
4. 面接者がこれまでつくり上げてきた治療システム

※以上を要約すると「対象システムの把握」「ニーズの把握」「治療目標のコンセンサス」「治療システムのアセスメント」の 4 点が介入前に押さえておきたいポイントとなる。

【架空事例を作る際に必要な基本設定】
1. 面接者の置かれた立場(セラピストがどのような場で,どのような立場でかかわり,その中で何を求 められて,どれくらいの権限が与えられているのか)
2. 来談経緯またはニーズ(どのようなやりとりがあって来談に至ったのか)
3. 来談者の情報(年齢,性別,家族構成,特徴など)
4. 主訴(関係者それぞれの主訴を記載する)
5. 症状や身体的問題
6. 心理・社会的特性(その家族・地域に関する情報,単身赴任,偏差値,地域性)
7. 相互作用とそれに準ずる枠組み(家族内での相互作用,またはセラピストとの相互作用)

※吉川悟先生の研修資料である「資料作成の手引き」を参考にしています。

運営してみて分かったこと
 高橋(2007)は、“検討においてはクライエントの話す内容よりも話し方が、クライエントの査定よりも治療者の反応性が、クライエントの病理よりも治療者の受け取り方が重視されます。そのつかみやすいと考えるからです。”と述べています。
 「ロールプレイを検討する際の手順書」にあるように、ロールプレイで何が起きて、それに対してセラピストはどのように捉えて、それに対して、何を意図しどう振る舞ったかを検討していくと。実際に起きた相互作用を無視して、仮説を立てることはできません。
 はじめは、どの参加者も自分自身の枠組み(システムズアプローチでは〇〇しなくてはいけないなど)に縛られて動きづらくなってロールプレイで苦戦します。しかし、技法云々ではなく、システムズアプローチの〈ものの見方〉や考え方、振る舞いが身についていけば、高橋(2007)が述べるように、内容よりも文脈(コンテクスト)に意識が向き、自らの仮説の是非ではなく応答性によって相互作用が変わることを体験することができると、自らの枠組みから自由になり、より治療システムで何が起きているかを検討できるようになってきます。そこで、自分自身の克服課題がみえてきたり、自分の手癖や、道筋のつけ方などを改めて理解できたりするのではと考えられます。

おわりに
 このように振り返ってみると、ロールプレイを人前でみせて、それに対してどのような意図でどう振る舞い、その結果何が起きてどうなったのかを記述し、説明できることは、システムズアプローチが定着したかのひとつの目安になると考えられるのかもしれません。そこでは、おそらくシステムズアプローチの特徴が活用されるような検討の視点が必要になると考えられます。

引用文献
高橋規子(2006)ブリーフセラピスト・成長ロードマップ:高橋の場合,ブリーフサイコセラピー研究,第15巻第2号,pp.151−154.
高橋規子(2007)ブリーフセラピーが心理臨床家の養成に貢献できることは何か:開業の立場から,ブリーフサイコセラピー研究,第16巻1号,pp.36−40.

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