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コンビニ

遠くから見るとそれは茶色い紙袋のように見える。
少し近づくとそれにロープのようなものがついていることに気がつく。
さらに一歩踏み出すとそれはオレンジ色の絨毯の上に細い枯れ葉を丁寧に並べたような柄だとわかる。
そして毛むくじゃらで先ほどロープだと思っていたものはしっぽであり、生き物だということもわかる。
風とは関係なく揺れたり伏せたりと様々な動きが十分にできる柔軟性と筋力を備えているからだ。
さらに近づくとそれにはちいさな二つの耳があることがわかる。そしてそれはこちらを振り向く、

「にゃーん」

 そう茶色い猫がコンビニエンスストアの前に住んでいるのである。
一月ほど前から職場近くのコンビニに現れた彼(性別を確かめたのはしばらくあとになる)
は人気者で、玄関近くに陣取る彼と彼をなでる人、そして店に入ろうとする人、店から出ようとする人のベクトルが打ち消し合い不思議な渋滞を生み出すこともしばしばあった(私は猫以外のものならすべて経験した)
人なつっこい猫で人を見かけると足下にゆき、しっぽを立ててくるくると喉を鳴らして2つの眼で見上げてくる。撫でると目を細めて嬉しそうにしているように見える。あまりいいことではないがほかの人は何度か餌をあげて猫を喜ばしているようだ。でも餌を与えることがない私に対しても彼はやってきていた。彼の中では私はどんな風にみえているのだろうか。
冷たい海風が吹き付ける駐車場で寒そうにしており、人から施しを受けられないどんくさそうな同類と見なされているかもしれない。
少し奇妙な見た目の二本足の暖房器具として考えられているかもしれない。
 とりあえず彼は今日も私の近くに来て、人間では上手く解せない言葉でしばし演説をしてくれた。
こんなことを話しているような気がした。
「わかったかねそこの二本足クン? かわいいは正義! 正義はお腹いっぱいをもたらす! お腹いっぱいは幸せ! 幸せなのだよ?」
 彼が話した幸せな時間は流れ星のように短かった。
その猫がコンビニから消えてしまったのだ。最初は時間が悪いのかと思った。しかしながらいつもの時間に行っても彼は見当たらなかった。禁じ手である餌を持って行った。しかし彼どころか彼の同類も現れずじまいだ。
 次第に猫がいないというさみしい現実を受け入れつつあった。
朝夕が冷える日はやけに空がきれいに見えるが、こんな辺鄙な田舎だと空はおそろしく澄み切る。
猫が寒そうにしていないといいんだけれど。
 
 


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