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チェコ買い付け日記2023⑯「ヴィシェフラド城とアレナ・ラドヴァー」

ヴィシェフラド城はブルタヴァ川のそばにあり、大きな敷地に教会などの宗教施設が点在しています。いわゆる「城」がないのはプラハ城と同じですが、プラハ城は建物が連なる街なのに対して、ヴィシェフラド城は大きな公園の中に建物があるイメージ。プラハ城ほど観光客も多くなく、地元の人が芝生でくつろいでいたり、子どもたちが駆け回っていたりと、かなり地域密着型のお城です。
高台にあるので眺望も抜群。ブルタヴァ川にかかるいくつもの橋の向こうにプラハ城が見えます。

訪れた6月1日はChildren's day なんだとMartinさんと Viktorさんが説明してくれました。チェコのこどもの日だそうで、子ども向けイベントが開催されたり、施設によっては無料になったり、子どもに何かサービスがあるお店があったりするそう。
城の芝生で遊ぶ子どもが多いと思ったのですが、そういうことも関係しているのかもしれません。

Martinさんと Viktorさんに案内してもらっていると、赤い屋根を見下ろす場所がありました。いくつもある建物の一つを指差して、Martinさんが「あれは僕たちが生まれた病院だよ」と教えてくれました。目の前にある赤い屋根に白い壁の建物と「hospital」の単語が結び付かずに、しばらくきょとんとします。
お兄さんのMartinさんは Viktorさんが生まれたときのことを覚えていると言っていました。
プラハで生まれ育つと日本の大都市のようなコンクリートとガラスとギラギラした広告とネオンの街は異世界に映るだろうなと思います。

遠くに近代的な大きなビルが見えます。日本は街の中心部に大きな近代的な建物があって、その周りを住宅などの背の低い建物が取り囲んでいるけれど、プラハは逆なんだねという話をしました。プラハは街自体が世界遺産なので、世界遺産になったときの形のまま留めなくてはいけない。だからこういう形になるのだとか。街が世界遺産、というのはこういうことなのだと改めて実感しました。

川沿いに建つ小さな建物が見えました。半年前に彼らの祖母であるアレナ・ラドヴァーの展覧会をしたギャラリーで、残念ながら中には入れませんでしたが、17世紀に建てられた建物は天井の高い1フロアの作りなのだそう。
注文していた商品と一緒に、展覧会の図録をいただきました。
その図録が本当に素晴らしくて、ここに印刷されているアレナの原画が、このすてきな場所に飾られているのを見たかったな、と思いました。

アレナの絵は年代によってかなり変遷しています。私は後期のはっきりした明るい色使いの、線の太いおおらかな絵しか知りませんでした。古本屋で見かけるアレナの絵本はだいたいこの絵で、人や動物や背景などはデフォルメされたものが多く、明るい楽しい雰囲気の絵です。

それに対して図録に掲載されていた初期の頃、1950年代の絵はもっと繊細で、色も少しくすんだ柔らかいトーンを使ったものが多い。背景も細かく描き込んでいます。この辺りはアレナが30代のころ。多分この頃の絵本は古すぎてなかなか出会えないのでしょう。

図録の表紙もこの頃の絵です。雪の中を歩く親子か姉妹と思われる二人。美しくかわいく、ほんのりと温かい気持ちになる絵です。
アレナにはエヴァという妹がいましたが、図録の解説を読むとエヴァは16歳の時に空襲で亡くなっています。この絵が描かれたのはその約9年後。
これがアレナとエヴァの姉妹であるとはどこにも書いていないけれど、背景を知るとどうしてもいろいろと考えてしまいます。

中でも気に入ったのは、冬のぼんやりと薄暗く重苦しい街に降る雪。家が連なるだけで単調なのだけれど、なぜか心に残る絵です。私が規則的に並ぶものや繰り返されるモチーフが好きなのもありますが。
私はこの初期の頃の絵がとても素敵だと思ったけれど、アレナはどんどん作風を変えていきます。もしかしたら求められるものに合わせていたのか、自分なりに試行錯誤していたのか。
中にはユージン・スミスの写真「The Walk to Paradise Garden(楽園への歩み)」を模写したと思われる絵もあります。周りの風景だけでなく写真や目に入る全てを絵の糧にしていたのだな。

以前見つけたパツォウスカーの若い頃の絵本もそうだけれど、いろんなことを試してより良い方法を探っていく、自分の絵を確立していく、というのが
私からすると苦しい修行のように感じるけれど、もしかしたら作家はそれが楽しいのかもしれない。それは本人にしか分からないことです。

そう考えるとヨゼフ・ラダはずっと変わらない絵で、それもすごいことです。見ればラダだと分かる絵で、子ども、動物、民話、風刺、風俗…とたくさんの絵を残し、でも100年近く経っても飽きられることがない。
ヨゼフ・ラダという偉大な親を持ち、同じ道を歩むということがアレナにとって良いことも悪いことももたらしたであろうことは何となく想像がつきます。
それともそれは私がドラマチックに考えすぎているだけのことなのでしょうか。それも本人にしか分からないことです。


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