見出し画像

レンズ越しの再会

新調したカメラが使いやすい。軽くなった分、ひょいっと持ち歩いてパシャパシャ取れるのが嬉しい。ミラーレスと迷ったけど、私はこのファインダーを覗いてシャッターを切る音と、伝わってくる振動がやっぱり好きだ。

家の周りを歩いては写真を撮っている。花や葉、田んぼの景色、光や影など。バリ島の強い陽射しと心地よい風に吹かれながら、無心でカメラを構えていると時の経つのも忘れてしまう。
「あ、あのときのー」ふと、懐かしい感覚が重なった。

20代初め、その頃の私は大学を休学し、元気もなく、金もなく、夢もなく、人を信じられないような状況だった。自分をものすごく不幸だと思っていたし、とにかくその薄暗がりの場所から抜け出したかったけれど、どうしたらよいのか光を見いだせないでいた。

そんなある夜、バイトから帰る道すがら見知らぬ若者に襲われた。幸いにも偶然通りかかった警官によって現行犯逮捕。すったもんだの挙げ句、示談となり、家を引っ越した後、その残った慰謝料をパーっと使うと決めたのだった。

画像1

私は、屋久島、奄美、沖縄・八重山諸島を旅した。
バイクで島々を巡る約3ヶ月のキャンプ生活。
島では、朝陽で目覚めて、陽が沈んで疲れたら寝た。
火を起こしてごはんを炊き、魚が釣れたら焼いて食べる。
海に潜り、がじゅまるの木陰で休み、散歩した。
蛇に遭遇し、ホタルを見つけ、どっぷり疲れて、泡盛を飲む。
月明かりの下で語り合い、満天の星空に流れる天の河を眺めた。
野菜をもらったり、家に泊まらせてもらったり。
地元のお祭に参加させてもらったり、カチャーシーを踊ったり。
島々の本当の歴史を知り、まだあるかなしみにふれた。
三線と島唄を聴いて、いつまでも歌い踊り笑いほろほろと涙がこぼれた。

旅のなかで、私は毎日ひたすら写真を撮りつづけた。
フィルムで撮っていたから、どんな風に仕上がっているかは現像するまでわからない。
とにかくこの目に焼き付いている、全身が歓喜している、とびっきりの瞬間を残したくて、もう無我夢中だった。

そして、美しい自然が織りなす鮮やかな色彩や、おおらかな人々の暮らしや優しさに触れて、私はいつのまにかむくむくと元気になっていた。
写真は、自分自身との対話だったのかもしれない。
私は島の流れに漂っているうちに癒されていったのだろう。
自然の中で暮らすことは、本来の自分に還ることだった。

画像2

風に揺れるブーゲンビリア、真っ赤なハイビスカス。
ファインダーを覗くと、鼻の奥がツンとした。
あの日、私がカメラ越しに見た世界も、なんてきれいだったろう。

もし思いきって旅に出ていなかったら、私は今ここにいない。
レンズ越しに、あの日の私に逢えた気がして、一緒にシャッターを切った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?