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エンドレスリピート【前編】

その日の空はここ数日の間でもかなりの青さだった。

よく人は「空は青いね」なんて言うが、全員分かってない。

空の青さはその日その日で全く異なっているんだ。オレはそのことに保育園にいた時から気づいていた。

よく両親や兄貴に「今日の空の青は濃ゆいね」とか「今日は青じゃなくて水色みたいだね」と言っても「この子は何を言ってるんだろう」という顔と返事しかされなかった。もう誰も覚えてはいないだろうが。

とにかく、その日の空はまさしく「青」と言える色合いで、「青」という色の基準をその空の色に設定してほしいくらいだったんだ。


「あんたももう25だろ?あたしも57だよ、あんた。まぁ楽しくやってるんならそれでいいんだけどさ、彼女が出来たら楽しいよ?」

「楽しいってwwいやまぁオレだって彼女いた事くらいあるさ。いろいろあって、今、25なだけよw」

「はいはい、お父さんは絶対言わないだろうけど、孫のk」

「わーわーわー!おっけおっけ!そのうち出来るよそのうち!」


2週間くらい前、めずらしく片付けをしていたら学生の頃に愛用していたラジカセが出て来た。

全体でもせいぜい45cmくらいの小さいラジカセだが、ヘッドホン端子もあり、RECボタンとPLAYボタンを同時押しすると録音も出来るハイテクなやつだ。

本体後ろのアンテナを伸ばせばAM/FMラジオを聴け、そしてカセットテープを入れるデッキが真ん中に設置されている。

その中に、当時聴いていたであろうカセットテープがそのまま残っていた。

再生するとRadioheadの「there,there」が流れ始める。

そう、このテープはいわゆる「マイ・ベスト」ってやつで、自分の好きな曲だけをひとつのカセットテープにコンパイルしているのである。

学生時代の友人・田辺の家には"ステレオ"があって、友人仲間で集まっては、各々がCDやアナログレコードとカセットテープを持ち寄り、"マイ・ベスト"を制作させて貰っていた。(当時は"ダビング"なんていう言葉を使ったりもした)

そのマイ・ベストは実に陰鬱な内容で、暗く、ヘヴィな曲ばかりが収録されていた。今ではもうすっかり忘れてしまっていたが、その選曲は現在の自分にとても響くものがあり、それから家にいる間はそればかり聴いていた。

そのカセットテープは60分テープで(カセットテープというのは、その他に120分や90分や54分、短ければ30分、10分なんてのもあった)、時間の感覚が掴みやすいのも気に入っていたのだ。

尤も、当時カセットテープの時代は既に後期も後期であり、すぐにMD(ミニディスク)の時代が来、やがて現在のようなmp3などの時代に変わっていってしまうのだが。

その"マイ・ベスト"が"くるり"という日本のバンドの「ラブソング」という曲を再生していた時に母親からの電話は鳴ったのだった。


電話を終え、携帯電話のディスプレイを見ると「通話時間24:32」と表示されていた。長電話だったな、と思った瞬間にラジカセが「ガチャ」と音を立てて音楽の再生を止めた。

通話中はボリュームを絞っただけで停止させるのを忘れていたのだ。


「彼女ねぇ…」とひとりごちていると、突然「ビャーーーーー!!」という轟音がオレを襲った。

耳をつんざくような怪音で、脳がピリッと刺激を受けているのが分かった。

どうやらその怪音は、例のラジカセから発せられているようだった。

混乱し、動揺しながらもラジカセに触ろうとした瞬間!

濃く、白い煙が部屋中を覆った。その間も「ビャーーーー!!!」という音は鳴っている。


気づくと、部屋の真ん中で大の字になって眠ってしまっていたようだった。

虚ろな頭で現実か、夢かと呆けていると、


「おはよう」


と声がした。

驚いて声がした方を見やると1人の女性がそこにいた。

黒髪を背中まで伸ばし、白を基調にしたおとなしめなファッションで、黒い縁をしたメガネをかけている。

そして彼女は、とても美人に見える。


壁を背もたれにして、体育座りの様な体制でなにやら文庫本を開いている。

「え?え?」と声に出すと、

「おはよう」と、目線は文庫本に向けたままもう一度言われた。

「えっと、あの、どなたでしょうか?」と恐る恐る尋ねると

「はぁ?」と、今度はしっかりと目を見て言われた。

この状況の奇怪さ、眉をしかめてこちらを見る彼女の美しい瞳…情報の処理に追いつかない。つまりは"混乱"していた。

「びっくりしたよ、急に寝ちゃうんだから。声かけても全然起きないし。お疲れだったの?」

「え、あ、いや…ラジカセが…」

「ラジカセ?何の話?っていうかお腹がすいたのですがー!」

そう言う彼女に急かされ、近所の定食屋へ赴いた。

さっきまで窓から見えた青空は、いつの間にか黒一色に染まっている。

だが住んでいたアパート、近所の風景、そして自分自身。

目の前にいるこの正体不明の女の子以外は、世界はなにひとつ変化していないようだった。


オレは特に食欲を感じられなかったのでかけそばだけを頼み、彼女は生姜焼き定食を頼んだ。

運ばれてきたものを頬張りながら彼女はなにやら職場の話をしている。

会話の感じから、どうやらオレと彼女は"恋人関係"にあるらしい事が分かった。

この状況について何度も尋ねようとしたが、どうしても上手くカットイン出来ない。

当たり障りない相槌を繰り返し、やがて食事を終えた。


彼女はそのまま家に帰ると言う。明日も仕事がんばってね!と笑う顔はこの世のものとは思えないくらい素敵で、今置かれている不思議な状況も忘れてしまいそうな程だった。


1人で部屋に戻り、この状況についてしばらく考えていると携帯電話にメールが届いた。

「今家に着いたよ!ただいまー!今日は寝ちゃって残念。でも疲れてたんだね。ごはんも全然食べてなかったし…。心配。何かあったら言ってね。すぐ駆けつけます(*^^*)」

メール欄にはそんな文章と"冬子"と表示されている。

とうこ?ふゆこ?

どうやらその名前が先ほどの彼女の名前らしかった。


”感じるからといってそこに在るとは限らない

感じるからといってそこに在るとは限らない”

こんな駄文をいつも読んでくださり、ほんとうにありがとうございます…! ご支援していただいた貴重なお金は、音源制作などの制作活動に必要な機材の購入費に充てたり、様々な知識を深めるためのものに使用させて頂きたいと考えています、よ!