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【創作大賞2024・お仕事小説部門参加作】生か死か(第7部)・・・治験

あらすじ

医療は、この地を支えている。施療の時代を乗り越えた医療であるが、此処、四駄郡では未だ施療を続ける医師がいる。積田つみだ医師はその一人だ。彼は異色の業種変更で医師になった。西町診療所を受け持つ彼に試練とも言えるパンデミックが襲う。彼が取る行動は医師を超える患者奉仕となった。


第6部続き・・・


積田は着々とアームロボット成る人型に生気を与える。
人間の持つ癖やストレスなどが無い華麗な動きを見せ始める。
秤量機が二つのワクチンを定量ずつ混ぜ合わせる。
そこへ精製水が加わる。
コンピューターで処理出来る為、材料の誤差は生じない。
そして備え付けのドライ機能により液体は顆粒へと変化していく。
次の工程へ進むと造立コンテナが回転し始め顆粒を寸分たがわず均一化していく。
そして臼と杵と呼ばれるフィルムコーティング機能で崩れや苦みを覆い隠す。
完成したカプセルに入った薬剤を高速攪拌機で一定量で充填。
キャップをし、athens01とインクジェット可食印刷すれば飲み違いしにくいカプセルワクチンが出来上がった。
ターンテーブルに備え付けられたAI仕様カメラで割れや欠けなどチェックする。
アームロボットは、PTP充填包装機の前で止まり、元の位置に戻った。
積田が止めたのだ。

「紗希、そのカプセルをマウスに飲ませてくれないか。」

紗希は既にカプセルを手にし、マウスのコンテナに向かっていた。
ロボットアームでは、人間の理解できない動きをするマウスの口にカプセルを入れる事は不可能である事は明白だ。
紗希は、慣れた手つきでマウスをやさしく掴み上げ、少し握りを強くすると口を開けた中に押し込んだ。
小さいマウスだが、食道にまっすぐ入れれば簡単に入る。
然し簡単に思うのは研究者の様な熟練技能がいる。

「ここまでで、宿主の様子を見る事にしよう。明日、又手伝ってくれ。」

端末を終了した積田に、紗希が、「はい。片づけに入ります。」と頷いた。
作業終わりに片づけをするのは学生達にとっては、復習と同じだと紗希は考える。
バラバラに散らかった器具や資材を元に戻すことで再度同じ作業が出来るのだ。
積田も見習うように手伝っている。
最後にロボットアームの点検を終えた二人は、そのまま、西町診療所へと帰って行った。
積田は我が家の診療所に帰るとすぐに北町診療所の坂柵に電話を入れた。

「午後から診察しますのでそちらの西町患者をこちらで引き取ります。申し訳ないです。坂柵先生。感謝しています。手があかないようでしたらそちらが診察終了後残りの患者を私が引き取りに伺います。うちは、午後10時まで診察します。」

坂柵は、積田の律儀な応対に恐縮しながら言葉を返した。

「馬嶋さんもいるでしょうからお願いします。」

積田と紗希がカプセルワクチンを精製するのは午前6時からで、午後の診察は必ずするように二人で決めた。

ライノウイルスが蔓延するまでは都市部に磁石でくっ付く砂鉄の様に医師のエリアが出来ていたが、最近は都市部以外に満遍なく診療所が建ち国土の隅々まで血が通うようになった。
医科大も相当数増え、医師不足を懸念していたこの国土は医療大地となっている。
パンデミックが人間の本当の常識を掘り当てたのである。
お金が多く集まる所に医療から、全ての人達への医療へ変化した。
命がお金よりも重いものだとこの社会が認識出来たのだ。
ライノウイルス1007αは、人間を作った神々の使者であったのかもしれない。

カプセルワクチン精製開始から1週間。
積田と紗希はサンプルを数多く精製する事で完成品を作り上げようとしていた。
数打つちゃ当たるではない。
試作品が多ければ多いほど全て体質が違う人間に対して有効な薬の精製が可能となるからだ。
その人に合う薬が二人の基本だった。
血栓ができやすい体質の人、疾病のある人そんな人たちに五体満足な人の薬は与えられない。
複数の宿主を検査するため、マウス、ラット、豚を使う。
それぞれに、5つの臓器に疾病を生じさせる、肺、肝臓、心臓、脳、腎臓。
その疾患に合うカプセルを飲ませた。

「紗希、それが最後で良かったな」

紗希は、全ての宿主にウイルスカプセルを充飲し終えた。
紗希の手際の良さには積田は惚れ惚れしていた。咲の姿を見つめながら「さすがだ、自分でやれば3倍の時間が掛っていただろう。」と心の内で呟いていた。
その想いと同時に積田には有る疑問が浮かんできた。

「APW+CWXワクチンの副作用は血栓に限られるのか。」

早速、全国土医師ネットワークにアクセスし、ライノウイルス1007αの副作用事例のデータをかき集める。
積田が使う研究所の端末は、全ての研究施設にも繋がる。
そこから導き出したデータには3種類の副作用が発見できた。
一つは、積田も知る血栓この事例だけがこの国土で報告されていた。
他国土ではアナフィラキシーショックによる心臓停止、免疫過剰によるものだ。
そして、最後に、慢性肺疾患だ。
紗希も端末を覗きこみながら囁く。

「アナフィラキシーはワクチンの配合が体質に合わなかったのでしょうか。」

「んん、この研究報告書からは、そう窺えるな。カプセルの種類を増やした方がいいのかもしれないな。」

紗希に答えながら積田は坂柵に絆された言葉を思い出していた。

「人間とコンピュータとの違い。」

それは勿論、100%が可能なのがコンピュータであり、人間は時に間違いをしそれを学習として取り込む。
それにもう一つ、一つ一つを意味あるものとして理解して行くのが人間だ。
が、時代が進むにつれコンピュータは唯一人間にしかできない意味までも理解するかもしれない。
強ち、出来ないと決め込むのも人間の成長を阻むものである事は坂柵も知っていたはずだ。

「人は常に成長を止めない。100歳になろうと。それが人間の本能だ。」

可能性にかけて積田は紗希に新たなワクチンカプセル製造の協力を依頼した。
研究者としての宿命を貫く為、紗希にも躊躇いは無い。
まずはアナフィラキシーショックの改善だ。
積田はAPWが強すぎる為に体質に変化が起こると考えている。
然し、ワクチンのAPW量は適正な量だ。

「俺に出来るとすれば。」

積田が考えたのはAI脳で蓄積データから副作用を押さえる薬を調合する事だ。
AIはディープラーニングの導入によりその機能はシンギュラリティーと呼ばれ人間を超えるコンピュータとして存在している。
認識力は人間のそれを凌ぐ結果を齎している。
数値化された羅列からその物体が分かるのである。
その為のデータ収集を医療ネットワークで行う。
四駄研端末をフル回転する。
紗希は傍らで画面よりも積田のキーボードを打つ指使いをじっと眺めている。

「まるでピアノでも弾いているようだわ。」

速さ、正確さ、そしてしなやかさ、どれをとっても見た事が無いキー入力だった。
それにこたえるように端末画面が次々にデータを表示する。
全てを一つのファイルにまとめ上げた積田は、「ここからが四駄コンピュータの見せどころだ。」とファイルをAIファイルと呼ばれるものに変換すると、症例からの適正薬剤の表示と調合量が表形式で現れる。
そこまで出てくると紗希の脳内で副作用製剤の精製準備が整ってくる。
積田は端末操作を終え、「さて始めるか。」と当たり前の言葉を吐いた。
紗希は頷きながら既に行動を起こしていた。
阿吽と言うものは経験で積み上げるものではなく、人間同士のつながりから生まれる。
年齢とか、性別、好みなどは必要のない事なのである。
紗希が資材を定位置に配置すると物言わぬ人型が人間の意思を汲むように作業を始めた。

設備投資はコストがかかるというが、人型ロボット程、無駄のない低コストな仕事をする者はこの世に存在しない、
そう積田は自覚している。
医療も少しずつだが、AI医療の推進を図っている。
いずれは、今ある医者の仕事はほぼ無くなり、患者とのコミュニケーションのみになって行くと信じられているのも現実だ。
患者の世代もAIを信じられる世代に変化していっている。
一昔前の夢物語が現実化するのも時間の問題だ。
次々に製造工程を確実に実行していく、
そのアームを眺めながら、ミスチェックをする紗希と積田。
この作業でまだミスは一度も発見されてはいない。
それでも、人相手の製品、二重、三重のチェックは必須である。

「後、一つだな。」

積田は紗希に声をかけながら自分にも言い聞かす。

「先生、何故先生はそこまでして人を守ろうとするんですか。」

呟く紗希の目線は作業台から離れない。
積田は、こう答えた。

「守ろうとするわけではない、死に絶える事により、生き物は本能として生存しようとする。寿命が短ければ短いほどだ。、人間が同類を守る本能で外敵を排除する。ただそれだけだ。」

積田は冷たい言い方だったと思った。
然し、紗希には、何故か「先生には人間に対する偏見が一ミリも無い。」という事が心に沁み込んだ。

 人型が停止した。
全てのカプセルワクチンの完成だ。
それでも二人には安堵は無い、もしかすると今この時点でも別の副作用症例が発生している可能性があるからだ。
今できる事は一つやり遂げた。
早速臨床へと進む。
ラット、マウス、豚、全て紗希が対応した。
積田も紗希の作業を見るうちにやり方は頭にあるが、紗希のスピードに追いつけるようなレベルではなかった。
一人よりも二人、集約から分業へと変わるこの国土の変化が適切な考え方で行われている事が身を持って分かる。
医療体制の変化もこうした経験から生まれていくのだろうと積田は感じた。まだ、日浅い医師と言う仕事、積田の一つ一つの経験が現代医療そのものだと誰しもが思うだろう。
然し、積み田の思う医師とは、延命治療に携わり寿命をまっとうする為に助力することではない。
人間は、有老不死だと思っている。
永遠に続く命を病気や怪我などの内外的要因から救い生き続ける事が出来るよう医術の発展に努める事だと思っている。
生はあっても死と言うものは存在しないという事だ。

「先生。」と紗希が積田に問う。

「いくつものカプセルが有りますが、それぞれの効果に合わせて処方するのですか。」

積田は当然の疑問と理解した。

「いや、これはあくまでもサンプルだ。」

この言葉で既に紗希は理解した。
いくつものカプセルを一つの万能カプセルにまとめる。
処方薬の問題点である薬が多すぎるという事を改善するという事だ。
紗希は、「患者さんにやさしい薬ですね。」二人は、笑顔で顔を見合わせた。

その日、二人はサンプルカプセル完成により体を休める為、それぞれに住まいに戻った。
四駄研にも仮眠ルームがあるが、積田が「明日からのほうが大切になる。」と考え自宅での休息を提案し、紗希も了承した。
夜、積田は心が休まらなかった。
治験の結果を急ぐ気持ちと、紗希に対する気持ちの変化を押さえられない。

「俺もいい年だ。落ち着く事も考えなければならない。」

それでも今の仕事を終えるまではそれを許さない得体の知れないストレスが大きくのしかかっている。
人が死にゆく中幸せが訪れるのか。

紗希も寝付かれない夜だ。
然し、積田と違い二人の事で頭はいっぱいになっている。

「人類が滅亡するとき、人間は何を選ぶのか。」

その選択は人によって違うのか。
そんな思いが二人にはある。
命と呼ばれるもの其れが人間の認識によるものだとしたら、死は事実として成立しないものとなる。
其れは、生にも言える事だ。
この現実を人はどうとらえているのか、誰にもいや、その正解は元々ないのかもしれない。
細胞の画像がある。
其れは、人間が作った認識によって成立する。
がん細胞が消えた。
消えたという認識が無ければそのものは存在しない。
そもそもがんと言う物質さへ存在していないという事になる。
病とは何か。
寿命とは。

次の日、積み田と紗希の二人は動物たちの様子に少し安堵した。
元気な動きで豚の鳴き声も研究室に響く。
紗希が三匹の生物に餌を与える。
撫でたり触れたりしないよう気をつける。
何せ空気感染と言う厄介なウイルスがまだ生きている可能性がある。
慎重な作業が求められる。
一番、生存が危ぶまれる豚の脳梗塞。
血栓が脳に達している事は、CTにより分かっている。
映像カメラが表情を撮影し、外見も端末データは積み重なっている。
マウスのアナフィラキシー症状も今のところおさまっている。
肺問題のラットも順調な呼吸である事は紗希の手元でも確認できている。
血液サンプルからのデータも人間の脳だけでは集約する事が出来ないほど数が多い。

「でも、まだ動物実験の段階、人間まで辿り着けるのかな。」

紗希は研究者として限られた期間に薬を作ることに無理があるようにも思えている。
エビデンスの問題も無視はできない。
APW+CWXワクチンも上市するには早すぎるものでもあった。
そんな彼女の意図を察して「心配するな。全国土で薬の研究は行われているんだ。われわれよりも技術の高い人達が多い。競争しているわけではない。」積田の言葉は紗希の緊張を大部分取り除いた。
そう言った積田ではあるが、このシステムに積田のノウハウで手を入れた結果を期待している事は紗希には言わないようにした。


其れから1週間が過ぎた。

三つの生命体は元気さを全く失わない。
それどころか血栓に関しては発生時の5分の一程度の大きさに、肺に関して、健康体と遜色のない状態に、アナフィラキシーに関しても、APWが効果を失わずに体そのものの排出によって量を調整できるような状態になった。

「もう1週間様子を見たら人間の治験に入ろう。」と積田が明るく口を開くと、紗希の顔も笑顔になる。

「宿主は決めているのですか。」

紗希は、自分で治験者になろうと思っている。
積田は冷静に、「もう決まっているんだ。明日、ここへ来るよ。」紗希には駆け巡る人々がいるが、決まった人物の名前は出てこない。
積田を問い詰める事は紗希には出来ない。
積田の表情は余り賛成している感じがしないからだ。
ただ、この治験には、脳か、肺か、けいれんなどの症状と言う条件がいる。高山先生のデータにある白尾譲人が有力に思えた。

そして次の日、二人が三体の経過観察をしているところに、ドアのノックが響いた。
積田は、「どうぞ。」誰かが分かっているように軽く答える。
ドアが開き入って来たのは、紗希の良く知る坂柵だった。

「紗希君、頑張っているね。」

坂柵は、ジャージとシャツと言う軽いいでたちで二人の居る端末へとやってきた。
紗希は、少しパニックに陥った。

「坂柵先生が。」

診療所の仕事の事や、間違いがあった時、四駄の医療はどうするのかなど、いろんな事が脳を這いまわる。
積田は紗希の異変に「済まなかったな。紗希には何も言わずに。動物による治験が成功したら、高山南病院に四駄に医師を2名派遣してくれるように頼む事を坂柵先生と決めたんだ。ほんとは私が治験者で、坂柵先生に経過観察をお願いしたんだが、先生に血栓が見つかった。」紗希は、過呼吸を起こすほどショックを受けたが自分で制御できるくらいで治まった。
紗希の眼がしらは熱くなり、眼球は潤んだ。
その表情を見た坂柵は「死にはしない。」と断言する事で紗希を落ち着かせたが、公言するほどの確証は無かった。
積田が、「大丈夫、私が命を掛けてカプセルワクチンを精製する。」二人の命の繋がりに紗希も甘えた気持ちを捨てた。

「坂柵、隣の部屋にベッドがあるから、疲れる前に休んでくれ。これは、医師の指示だ。」

積田は、強く言わなければ坂柵は自分の身など擲つ人である事は付き合いから学んでいる。

「分かりました、積田先生。」

どんな状況でも場を明るくする人望のある坂柵医師に紗希、積田は敬服した。
積田が再び端末操作をし、紗希に、坂柵の脳スキャン画像や、血液データ、高山南病院での治療カルテを見せる。
血栓は、既に脳の血管を閉塞し始めている。
血管壁にひっついている分血液がかろうじて流れているという状況だ。
紗希には、精製が喫緊に切迫している事が分かった。
再び三種のカプセルワクチンのキャップを外し、資材を精製機にかける。
AIロボットは寸分の狂いも無く同じ操作を行う。
最後の工程に入り、作業を終える。万能カプセルの完成を迎えた。
資材量を坂柵の血液データに組み込むと端末はシュミレーション機能から、感知率を弾き出す。

「現在、65パーセントの確率で血栓が消えます。」とアニメキャラ声のおしゃべりが三人の耳に響く。
三人とも微妙な表情でモニターを注視する。
積田は顔を振り、端末に再び聞く。

「坂柵のデータから、百パーにする。」と打ちこむと、AI知能が資材の配合量の変換をする。

「紗希、これでもう一度。」

素早く、紗希が新しい資材をテーブルに運ぶ。

「今から人体への治験を開始する。」

積田は淡々と喋ったが、紗希は、唐突さに面喰っている。
まだ、完全に動物治験が終わったわけではないのにそんなに急いで大丈夫だろうか。
然し、積田の強引さがライノ撲滅に功を奏した。
きっと積田にはカプセルワクチンの完成が見えているのだろう。
紗希は、神の宣託として積田の言葉を受け取った。

「坂柵先生、これをお飲みください。」

坂柵にも積田の才気には絶対的な信頼を置き迷いようが無いものとしている。
紗希が一粒を渡そうとすると「紗希、2錠にしてくれ。」積田は1錠の場合では、データが取りにくく、治験にならないという判断がある。
坂柵は迷いのない飲みっぷりでコップの浄水と共に呑み込んだ。
積田は、「坂柵先生、そこへ横になってください。」と、仮設ベットを手の平で案内するように促した。
頭に負担がかからないよう体を先に横耐えゆっくりと頭を枕に収める。
医師である為積田も坂柵の動きに目線のみを向ける。
患者に指示する医師が多いが、患部の痛みは本人にしか分からない。
人は無条件に痛みを避けるのだ。「それでは、6時間間隔でデータを取ります。採血、CT、血管スコープ。これを反復。」積田の切れのいい言葉に紗希と坂柵は静かに頷く。
積田は、坂柵の血栓が消えるような気がしている。
勿論それを目的として製剤しているが他に何か神秘めいた空間が自分の脳の中に現れそこに三人の幸せな笑顔を想像出来ているのだ。
単に浮かれているのかも知れないともう一度心を引き締める事にした。

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