生きる?

ただ真っ白な部屋で私と今さっき初めて会ったおじさんだけが向かい合って座っていた

いや本当はそれ以外にも誰かいて、もっといろいろあったような気がする

ただ覚えてるのは1つだけ

私は初めてそこで人は死ぬんだと知らされた

貴方は末期癌であと1年も持たないでしょう

そう端的に告げるおじさんに私はそりゃないでしょうと心の中で呟いた

それというのもこの21年という短い人生の中で私は人の死に触れるという経験が今までなかったからだ

おじいちゃんとおばあちゃんには生まれてこのかた会ったこともない

お母さんとお父さんは余りにも元気すぎるぐらいで

今日、体の調子がおかしいという私を無理やり病院に送り出したのも両親だ

そして幸福なことに(今ではそれすらも分からないが)の周りの友人や学校の先生

はたまたその親族だって死んだって話を1度たりとも聞いたことがない

そんなもんだから私の中で人の死というものはどんどんと非現実的になって

もはや当たり前のように怒らないことなんだとさえ信じていたそれがいきなり殴りかかってくるんだもん

そりゃあないでしょうって感じでしょう?

そんなこんなで初めて人がしぬってことを身を持って知らされた私は

なんだか脱力したように体に力が入らなくて感覚が遠のいていった

よくある「どうやって家までたどり着いたか覚えていない」ってやつだ

家についてもまだ私は死の事実は理解できなくて

心配する親にはなにもなかったと伝えた

ただ夕飯の時に大好きなオムライスがいつもと同じく余りにも美味しいもんだから

たまらず吐き出さずにはいられなかった

日常と命がボロボロと崩れて溶け出してしまうような気がして

だから私は飲み込むことができなかった

いつもと変わらない光景が、それを失うという事実が

それがただただ恐ろしかった・・・

結局、夕食を何も飲み込めなかった私に母は優しくゆっくりお風呂に入って今日はもう寝なさいとだけいった

いつもならピンクのマニキュアが欲しいとか、あそこのラーメンに今度食べに行こうとか、今日の私は最高に冴えてて面白かったとか

そんなしょうもないことばっかり考えてる

そうやってどうでもいい日常に浸かるのが暖かくて、心地よくて

それなのに今日に限って体は冷えていく

浸かっているお湯はあまりに冷たく感じさせて体の芯まで凍えさせ心が沈んでゆく

ガチガチと歯を震わせ震える私の頭を満たすのはしょうもないことではなく

思い出だった

5歳の頃に両親と3人で行ったピクニック

サンドイッチが美味しくて、がっついて食べるお父さんと私はほっぺの同じ場所に卵がくっついてて3人で笑った

帰り道で疲れたと駄々を捏ねる私をお父さんがおんぶしてくれたっけな

その背中があったかくてそれに安心して寝ちゃった

小学校3年生の時の授業参観だったからお母さんにいいところを見せたくて

いつもより張り切って手を挙げて問題を解いた

そのくせして答えは全く違うしクラスのみんなの笑われ者だ

しょぼくれて家に帰ると勇気を出した記念日だって言って大好物のおっきなハンバーグを作ってくれた

中学校の卒業式のとき私より二人の方が泣いてるんだもん

それがなんだかおかしくなっちゃって記念写真では笑顔が残った

大学受験の時はイライラしててあたっちゃった

それなのに深夜まで勉強してる私に夜食とあったかいココアを持ってきてくれた

おぼんに添えてあったとメモにファイトって書かれててなんだか嬉しくて

ああ・・・楽しかったし辛かった、悲しかったし嬉しかった

浮かぶ光景の全てが美しく、しかしそれは泡沫の夢

浮かんでは消え、もう戻ってくることのないあの日の日常

ポチャンとお湯の中に吸い込まれていく雫が私の目からこぼれ落ちているものだと気づいたしまったとき

私は初めて死にたくないとそう思った

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