私の母、私の娘。
私の母。
私とは真反対な考えで、私が幼少期の母の印象と言えば、いつも怒っている顔をしか覚えていない。
父親は仕事のストレスから、毎晩お酒を飲み歩き借金まみれで毎晩夫婦喧嘩。
あれだけ父に泣かされ傷ついているのに、なんで離婚しないのか、理解出来ない。
父とは名ばかりでほとんど会話したことない。
私も思春期になれば自分の意見も主張した。が、毎回母にことごとく否定ならまだしも馬鹿にされ、罵倒される。
うまく自分の感情がコントロールもできるわけでもなく、母のトゲの言葉に溜まりに溜まった感情が爆発すると、母と取っ組み合いの喧嘩になる。
しかし、大抵父親は不在。
居ても気分なのか見て見ぬふりする日もあれば、割ってはいる日もあるが大抵、喧嘩の理由も知らないくせに母親の肩をもつ。
そして、母と一緒に
「気が狂ってる。おかしい」
と見下した顔で言われる。
当時は悔しくて悔しくていつも孤独だった。
ただ自分の気持ちを言っても理解されずに感情的になったのは、認めるけどこっちもただ必死だった。
それだけだったの
その感情。私の娘も一緒じゃないかと思う。
家族なんて、家族の愛なんて知らない。わからない。
でも、理想的な家族像はあった。
いつもみんなで笑いあって、信用ができる。だからこそ、家族の誰かが困難な事が起きればみんなで支え、助けあう。
私の理想だった。
けれど現実は違い家庭を持つ事が怖かった。でも赤ちゃんは昔から好きだし、本当は家族愛に憧れもあった。悩んだけど、悩んで過去より未来に希望を託し、新しい自分に生まれ変わりたかった。
そして結婚をし、やっと念願の子供を授かった。
5年と言う歳月をかけて。
虐待のニュースを見る度に、赤ちゃんを傷つける人の気持ちなんて理解出来ないし、そんなに要らないなら私に託してほしい、独身の頃からそう思っていた。
家庭を持つ事を恐れている割には、どこか憧れている私もいる。
そして、
私なら自分にしてほしかった愛情を代わりにたっぷり注げる。
何故か変な自信があった。
今思えば、その自信ってなんだったのかわからない。
ただ、理想と現実は違う。
とはよく言ったもので、私は望んで幸せの一歩を前なのか、右方向か、左方向なのか迷ってしまった。
初めての妊娠。出産。
娘である前に1人の人間と接する事。
全てが順調なわけではなく、逆に悪い方向ばかり向いて、助けを求めても側にいる旦那はただ横にいるだけ。手を伸ばしたら届くはずなのに届かない。
初めての妊娠から、楽しいマタニティーライフではなく、常に痛みと不安な毎日の中、30時間かけての出産から休む暇もなく始まる育児。
何しても泣き続ける娘。
赤ちゃんって、昼夜問わず泣いていつ寝るの?
私、いつになれば寝れるの?
最初はお腹空いてたけど、今は眠くて眠くて、寝たい。
旦那は寝てる。
羨ましい。
このままじゃ、ダメになる。だから母に助けを求めてみたけど、
「あんたが望んだ結果でしょ?何か言ってるの。私はやったわよ。ちゃんと。母親なんだから自分でしなさいよ」
もう、ダメだった。
泣き続ける娘を抱っこして、窓に映る夕陽からそして夜明け。
同じ場所で、同じ格好でこの光景を娘と一緒に泣きながら見続けた。
私が望んだ。
私が産んだ。
私は母になりたかった。
はずなのに、はずなのに。
なんで、こんなに辛いの?涙止まらないの?
なんで、こんなに愛しいはずの娘が、愛しくないの?
私はやっぱり、親の言った通り
「気が狂ってるおかしい人間。生きていたらいけない」
この言葉が脳裏に鮮明に響く。
私は生きてたら、いけない人間。
娘も泣き止ます事も出来ない、ダメな母親。
娘可哀想。
もし、違う人が母親ならこの子は今笑っているのかな?
幸せを感じれてるのかな?
色んな感情が溢れていたけど、思春期のように出なかった。
ただ泣き続ける娘を抱っこしたまま私は泣いて、誰も手を差し伸べる事のない部屋で、それでも助けを求め泣いていた。
#小説 #育児#独親#ワンオペ
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