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全5紙に紹介された本を読む

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読売、朝日、毎日、産経、日経各新聞のすべての書評欄に紹介された本を読んで、感想を書いています。
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記事一覧

『私の身体を生きる』(全紙掲載本を読む/2024年④)

17人の赤裸々エッセイ集 5紙の書評に掲載されなければ、決して読まない類の本でした。個人的な好みの話でもありますが、妊娠できない方の身体に生まれてしまった身として、手にするのにはばかられるという面も少なからずありました。  17人の文筆家が、それぞれの身体にまつわる事情を赤裸々に記したエッセイ集です。うち16人は妊娠できる方の身体に生まれ、一人は外見が女性です。  彼女たちが自慰やセックスや性具や妊娠や出産やむち打ちされる喜びや売春体験やAV出演などについて、生々しい実体験

『spring』(全紙掲載本を読む/2024年③)

超絶技巧小説 天才的バレエダンサーで、かつ、才能あふれる振付師の萬春(よろず・はる)についての物語です。彼を取り巻く4人が独白体で、彼との想い出を語ります。  第一章は、若いころからお互いを認めあう仲間でもありライバルでもあるダンサー深津。第二章は、春に教養面で多大な影響を与えた叔父の稔。第三章は、幼馴染で春のバレエに楽曲を提供する作曲家の七瀬。最終章は春自身が語ります。  深津は「ヤツ」、稔は「彼」、七瀬は「春ちゃん」、春は「俺」と春を呼びます。著者は4人の人格を破綻な

『カレー移民の謎』(全紙掲載本を読む/2024年②)

5000軒の「インネパ」カレー店 大都市に限らず、地方都市の幹線道路沿いや駅前の古びたビルにも、まったく同じような構えのカレー屋が増えたなあと、気づいていた人は気づいていたのだと思います。私もこの本を読んで、「そういえば」と思い当たりました。  本書はその実態を多角的に掘り下げたノンフィクションです。経済のグローバル化が何をもたらし、何を壊しつつあるのかを教えてくれます。特に最終章はずしんと重く感じられました。  雨後の筍のように増えたカレー屋の数は5000件に達するのだ

『化学の授業をはじめます。』(全紙掲載本を読む/2024年①)

 2024年に入って5紙(読売、朝日、毎日、日経、産経)すべてに書評が載った第一号です。  1950年代~60年代のアメリカを舞台に、型破りな女性化学者エリザベス・ゾットが、偏見と闘いながら、科学者として、そしてシングルマザーとして、自分の人生を切り開いていきます。 テレビスターとなった女性科学者  エリザベスは、その卓越した能力にもかかわらず、女性であることで一人前の科学者として扱われず、偏見や差別に直面し、昇進を阻まれたり、研究結果を剽窃されたり、解雇されたり、ひどい

★2023年★全国紙5紙に選ばれた7冊(新聞書評の研究2023)

はじめに筆者は2017年11月にツイッターアカウント「新聞書評速報 汗牛充棟」を開設しました。全国紙5紙(読売、朝日、日経、毎日、産経=部数順)の書評に取り上げられた本を1冊ずつ、ひたすら呟いています。 https://twitter.com/syohyomachine なんでそんなことを始めたのかは総論をご覧ください。 全紙に掲載された7タイトル本稿で取り上げるのは、新聞掲載日ベースで2023年の書評データです。2021年以降に刊行された書籍を「新刊」と定めて対象にし

『池崎忠孝の明暗』(全紙掲載本を読む)

本書は、〈近代日本メディア議員列伝〉シリーズの第六巻に当たります。刊行順でいえば、第一号です。 本稿執筆時(2024年6月末)で、11巻『橋本登美三郎の協同』が刊行されていますから、11人以上のメディア議員が紹介されるのでしょう。1巻、4巻、6巻、8巻、9巻、10巻は、版元のホームページに書影がまだ上がっていません。 検索:近代日本メディア議員列伝 巻のナンバーを若い順に並べると、扱っている国会議員は、時代が古い順に時系列になっていることがわかりました。 だれが題材に

『ハンチバック』

2023年上半期の芥川賞受賞作です。 2019年から2023年の5年間で、5紙(読売、朝日、毎日、産経、日経)のすべての書評欄に紹介された小説は計11タイトルありますが、このうち、芥川賞作品は宇佐見りん氏の『推し、燃ゆ』と本作の2タイトルのみです。 頭をハンマーで叩かれたような読後感読んでいる間も、声をあげそうになったり、次のページをめくりたくなくなったり、顔をそむけたくなったり、それでいて掌の隙間から読んでみたくなったりしました。 ホラー小説でもスプラッタ小説でもない

『帝国図書館』×少しだけ『夢見る帝国図書館』

5紙(読売、朝日、毎日、産経、日経)のすべての書評欄に紹介された書籍は必ず読むことにしているのですが、その条件に適う本は2019年~2023年の5年間でわずかに21タイトルに過ぎません。その中には、2023年の『帝国図書館』(以下『本書』と略)のほか、2019年の中島京子さんの小説『夢見る帝国図書館』(以下『夢見る』と略)も含まれています。 『本書』の「まえがき」にも と言及があります。 偶然とはいえ、「帝国図書館」というかなりレアな単語を含む本が二冊も全国紙を"制覇"

『言語の本質』

「新書大賞」受賞の知的興奮にあふれた本全国紙5紙(読売、朝日、毎日、産経、日経)のすべての書評欄に紹介された書籍は、2019年から2023年の5年間で20冊余りですが、2023年は「当たり年」で、この年だけで7タイトルにのぼります。その中でも、本書は読みごたえのある一冊でした。2024年の「新書大賞」に選ばれるにふさわしい本だと思います。 本書に収録されたテストの一部です。全部で10問ですので、さらに興味のある方は本書でみていただければと思います。 これ、多くの人が7割

『街とその不確かな壁』

すでにして伝説2019年以降で、主要全国紙(読売、朝日、毎日、産経、日経)のすべての書評欄に、複数の書籍が紹介された著者は村上春樹氏ただ一人です。もう一冊は2020年刊行の『一人称単数』です。全紙に書評が載った本は2023年までの5年で21タイトルしかありません。 秋のノーベル賞シーズンになると、「その瞬間」を待つハルキマニアと呼ばれる人たちがテレビニュースの風物詩になってずいぶん経ちます。私(以下、評者)がロンドンに住んでいたころ、現地の大型書店の入り口に『ノルウェイの

『82年生まれ、キム・ジヨン』

男尊女卑に彩られた個人ヒストリー2023年に5紙に掲載された本の2冊目は韓国の小説です。 キム・ジヨンはタイトル通り、1982年生まれの女性です。2023年現在、40代前半ということになります。 姉と5歳年が離れた弟がいます。母が3番目の子を身ごもった時、周囲は今度こそはと男の子を期待しました。しかし、3人目も女の子でした。 ここから先は書籍の引用です。 生まれてきた弟は、家庭で特別に大事に、わがままに育てられます。そうした社会の中で生き、社会人となっても男性中心社

『聞く技術 聞いてもらう技術』

2023年で初めて5紙(読売、朝日、毎日、日経、産経)全紙に書評が掲載された本です。 著者は臨床心理学者、臨床心理士・公認心理師だそうで、心の専門家です。 文章がとても柔らかくて、優しく語りかけられているような心地よさがあります。お人柄なのか仕事柄なのか、「この先生にはなんでもお話できそうだ」、と思わせるような文章です。まずそこに感心しました。 章立てが独特です。 「はじめに」に続いて、「聞く技術 小手先編」が始まり、「第1章 なぜ聞けなくなるのか」、「第2章 孤立か

『ハレム』

王朝の存続のための”合理的”システム2022年に全国5紙(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞)すべてに書評が掲載された書籍2冊のうちの1冊です。(もう1冊は『だまされ屋さん』☜クリックすると書評ページに飛べます)。 ハレムはハーレムという方がよく聞く名称かもしれません。著者の小笠原氏がいうように、多くの人が、 と思っていて、私(以下評者)もそうでした。本稿のタイトルに使っている書影の一部(数多くの裸体の女性が侍っているイメージ)を思い浮かべた人も多いかもしれ

『だまされ屋さん』

2022年の5紙制覇本2022年に全国5紙(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞)すべてに書評が掲載された書籍2冊のうちの1冊です。もう1冊は『ハレム』。 <正しさ>をめぐる家族の群像・相克劇「アイデンティティー・ポリティクス」や「トライバリズム」(部族主義)という言葉が、社会に相互理解よりも分断をもたらすという文脈で、欧米社会では語られることが多くなりました。 同じ国民、同じ市民、同じ住民という共通する部分への対応よりも、性別や肌の色や性愛の指向や出身国な