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「面白い」駄文を試みる:7

●『女子的意地悪』のたたずまい

 父に痴話喧嘩の報告をする電話をかけてきた伯父のガールフレンド(ややこしいですな)のことと、善良で静かでおくゆかしいシズカばあちゃんのことを書きましたら、ちょっと例外的なエピソードを思い出しました。

 あたしがもうだいぶ大人になってからのことです。伯父にガールフレンドがいることに対して、もう周囲もまあ「あんたも知ってるわよね」的な態度でOK、ってぐらいの大人ですわ。とにかく、「こどもにはあんまりこういうことはおおっぴらに言わないものよね」という空気は消えていました。

 ある時、伯父がどっかに旅行に出かけて、飛行機で帰ってくる、みたいなことがあったのだとおもいます。細かいことは忘れました。
 で。おそらくその旅行も、ガールフレンドと一緒だったのでしょうね。とにかく帰ってくる。
 その日に、伯父の奥さん、つまりあたしの伯母ですけれども、彼女が、空港まで夫を迎えに行ったのだそうです。

 伯母はあんまり自動車が得意ではありません。車酔いをするのです。なのに(行くときはともかくとして)空港からタクシーで一緒に帰ってきたというのですから、彼女としてはかなりの努力というべきでしょう。しかしその努力は、あまり周囲に理解されていませんでした。

 あたしはその話を、シズカばあちゃんからきいたのです。あまり上手ではない話しぶりからやっと全体像を把握したあと、あたしは、シズカばあちゃんが伯父の奥さんのことを嫌いだってことに、ほとんど初めて気がついたのでした。

 シズカばあちゃんはこう言いました。
 「ねえ、せっかく楽しく帰ってくるのに、邪魔しなくったっていいわよねえ。Sさんいるのわかっているんだから」

 邪魔。
 つまり、夫がガールフレンドとせっかく楽しく過ごしてきた旅行の最後の最後に、なんで奥さんがしゃしゃり出て邪魔するのか、と、シズカばあちゃんは言っていたのですね。

 えーとね、あたしはにわかに同意するわけには行かなかったんですが。しかしながら珍しくばあちゃんが活発におしゃべりしているのを、これも「邪魔」するわけには行きませんで。

●優しいばあちゃんの、ダークな悪意

 「んー?伯母ちゃんは伯父ちゃんを迎えに行ったんだよね?」
 「そうなのよ。Sさんもいる車の中で、じーっと黙っていたらしいのよ」
 シズカばあちゃんは肩をすぼめて、車の中でじーっとしている、という姿勢をやってみせました。伯母は確かに車の中でいつもそんなです。だって車酔いしますから。

 「そうなの」
 「気が利かないわよねえ。行かなきゃいいのに。でも絶対行くってきかなかったのよ」

 あたしは、「気が利かない」とか「邪魔」とかいう単語が、優しいことでは人後に落ちないシズカばあちゃんの口から発せられるのを、内心「しょえー」と驚きながら聞いていました。

 シズカばあちゃんは住み込みで働いていました。つまり使用人です。あたしたちが小さい時から2軒隣の伯母の家にいました。あたしたちの家に住んでいたこともあります。雇い主は一番上の伯母(父や、件の伯父の姉君)で、彼女の経営する下宿屋さんで賄いなどをしていました。

 伯父夫婦は、その下宿屋さんの管理人室に、なぜだか転がり込んでそのまま住んでいましたから、シズカばあちゃんは伯父の奥さんのことはよーく知っているのです。そのちょっと暗い性格とか、作るお料理がまるでなってないとか、そういうことをです。

 それにしてもさ、ばあちゃん。彼女は奥さんじゃないのさ。旅行に連れて行ってもらえるはずの人は、こっちなんじゃないのかね?(といっても、旅行費用もたぶんそのガールフレンドが出していた可能性が高いですが)なのにじっと家で待っていただけで、だいぶ堪忍袋には圧がかかっているのじゃないのかしらね?

 と、あたしは思わないでもなかったですけど、そういう建前を語る回路が、その時は作動せず、ただ「ふーん。そうなのか。そういうことがあったのか」という聞き手の態度を保っていました。

 このシズカばあちゃんの、伯母ちゃんに対する批判って何?という軽いショックもありました。

 これって、女子らが、嫌いな女子に対してカゲで悪口言う時のあれじゃんよ。もう、道徳とか、自分だったらどう感じるだろうなどの同情心やらがすべてふっとんで、単に「ざまあ」な気分?相手が嫌いな人だと、正義すら死ぬ、ダークな女子世界。(←偏見入っているかも)

 あたしは「邪魔」「気が利かない」「行かなきゃいいのに」などの語彙が、シズカばあちゃんから自然発生したとは考えていません。それを言ったのは、たぶん彼女の雇い主、つまり下宿屋の伯母ちゃんです。下宿屋の伯母ちゃんは、自分の弟の嫁さんがもう明らかに嫌いでした。それはあたしから見てもバレバレでした。

 いやあ、女子だわ。これは女子のカゲグチよ。(それを「偏見」というなら言ってもいいです。あたしの育った時代の女子は、その”何かと男子よりも制限された生い立ち”をひっくるめて、そういう暗部を育てがちであったのは事実ですので)

 あたしも女子だけど、まだ独身だったし、この意地の悪いカゲグチに加担するわけにはいかないよ、と思いました。もうね、結婚に対する夢がなくなるじゃありませんか。奥さんってのは、夫がガールフレンドと楽しくやるのを邪魔したら、気が利かないとか言われちゃうような立場なんですか? 

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おひねりをもらって暮らす夢は遠く、自己投資という名のハイリスクローリターンの”投資”に突入。なんなんだこの浮遊感。読んでいただくことが元気の素です。よろしくお願いいたします。